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- 己を知り、人生に覚悟を。
- 『武士道というは死ぬことと見つけたり』
江戸時代の書物「葉隠」に記された、有名な一説。
ただ生き長らえて命を全うするのではなく、
主君のために死ぬことさえも覚悟せねばならない、武士としての精神、人生の道を説いている。
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日本には、末尾に「道」がつく武芸が多数存在しています。
「剣道」「柔道」といった日本発祥のスポーツや、「華道」「茶道」などの芸事の言葉は、多くの人が耳にしたことがあるでしょう。
この記事ではその中でも、香りやお香にまつわる「香道」について解説していきます。

「お香」とは、主原料を粉末にして固めた日本伝統の工芸品です。
その歴史は古く、日本初の公的な歴史書である『日本書紀』には記述が確認されていました。
原料は主に「伽羅」(きゃら)、「沈香」、「白檀」(びゃくだん)の3種が使われています。
加熱して香りを出す使い方から、「ベースノート」と呼ばれる独自の香りの種類が加わります。
お香は仏教や武士とも深いつながりがあり、どの時代でも神聖かつ貴重な役割を果たしていました。
今回取り上げる「お香」についての概要は、
こちらの記事で詳しくご紹介しています。
あわせてご覧ください。

作法に則って香木を焚き、その香りを楽しむ伝統芸道です。
沈香などの香木からのぼる香りを、心を静かにして鑑賞します。
香りを鑑賞する際は「嗅ぐ」のではなく、「聞く」と表現します。
これは純粋に「嗅ぐ」という行為は香道にとっては無粋な行為として考えられたためです。
香りと向き合い、じっくりと心から味わい鑑賞する姿勢が求められたことから、「聞く」という表現が生まれました。
香道は、香木そのものの香りをじっくりと鑑賞する「聞香」(もんこう)が基本のスタイルだといわれています。
これは先述の「香りと向き合い、じっくりと心から味わう」手法です。
この他にも、「組香」と呼ばれる楽しみ方があります。
香道の中でも、複数の香木を組み合わせてその香りを聴き当てることを「組香」といいます。
組香では以下のお題が主に使われます。
組香ではただ香りを当てるのではなく、教養と感性を組み合わせることが重要です。
お香から出る香りは、「六国五味」(りっこくごみ)という言葉で例えられます。
これはお香の種類を「六国」と「五味」に大きく分類したものです。
それぞれの違いを見ていきましょう。
香木の産地や品質から、6つのグループに分けたものです。
| 名前 | 読み | 特徴 |
|---|---|---|
| 伽羅 | きゃら | 上品な甘さと深い苦味があり、宮人のような優美さを感じる香り。 最上級の香木とされる。 |
| 羅国 | らこく | 辛味と少しの苦味を感じる。 武士のような引き締まった香り。 |
| 真南蛮 | まなばん | 甘味の強い、異国情緒あふれる香り。 油が多く出るので、取り扱いには注意したい。 |
| 真那伽 | まなか | 酸味を帯びた少し甘い香り。 爽やかな印象を与える。 |
| 佐曽羅 | さそら | 少し酸味・苦味がある香り。 「寸聞多羅」と似ているが、軽快な印象はこの香木独自だ。 |
| 寸聞多羅 | すもたら | 少々の酸味と苦味を感じる、濃厚な香り。 「佐曽羅」と比べると複雑な印象を感じる。 |
香木の香りを味覚になぞらえて5つのグループに分けたものです。
先述した六国は、いずれかの五味の特徴を含んでいるといわれています。
| 名前 | 読み | 特徴 |
|---|---|---|
| 甘 | あまい | 蜜のような香り。 包み込むような甘さを感じる。 |
| 苦 | にがい | 深みのある渋さを感じる香り。 漢方薬に例えられる。 |
| 辛 | からい | 辛味の刺激を感じる香り。 丁子(クローブ)に似ている。 |
| 酸 | すっぱい | すっきりとした酸味。 近い匂いは「梅干し」。 |
| 鹹 | しおからい | 引き締まった余韻を感じる。 汗を拭った後の手拭いが一例。 |
大きく分けて2種類あり、雰囲気や使用する道具に違いが現れています。
公家発祥で、「甘」の表現を重視する流派です。
和歌を用いた優雅で雅な優美さを楽しみます。
使用する香炉には華やかな蒔絵があしらわれ、香りや雰囲気を嗜む傾向です。
武家発祥で、「辛」の表現を多く用いる流派です。
道具は簡素ながらも、素朴で温かみのある雰囲気を感じます。
香りの本質を追求するストイックな姿勢は、精神修練として行う側面も持ち合わせているのが特徴です。
「御家流」も「志野流」も、始まりは室町幕府将軍足利義政が影響しています。
銀閣寺をはじめとした東山文化が栄えた中、それぞれの開祖に香の作法をまとめるよう命じたのがきっかけでした。
末尾の「道」は、道路などの道と意味が異なります。
ここでいう「道」とは、「自然法則を学び、自らと向き合いながら礼節をもって謙虚に自己を磨き続ける」ということを指します。
この考え方は日本古来の宗教である「神道」とも、深い関連性を持つでしょう。
自らと向き合い、嘘偽りない誠の心を持ちながら良心に沿って生きることは、日本が持つ道徳の姿を表しています。
神道についてはこちらの記事でも
詳しく解説しています。
あわせてご覧ください。

お香(香道)と武士。
一見関わりが薄そうに見える両者ですが、実は歴史的に深い関わりがあります。
どのようなつながりがあったのか、一緒に見ていきましょう。
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武士が戦場に出る前に、自分の身体や甲冑にお香を焚き染めていました
その理由はいくつかあり、実用面でいうと虫除けという役割もあるといわれています。
しかし、それ以上に「美しく死ぬ」という姿勢が見て取れます。
ここではある命を落とした武士と、お香のエピソードをご紹介しましょう。
戦国時代最後の合戦となった「大阪夏の陣」。
この合戦で豊臣家が滅び、徳川家康が開いた江戸幕府の立ち位置が確固たるものとなりました。
熾烈な戦いの中で、一人の武士が敵に討ち取られて命を落とします。
彼の名は「木村重成」(きむら しげなり)。
豊臣秀吉の側室茶々と息子秀頼の側について戦いました。
重成は戦いの前夜、当時最高級のお香とされた「伽羅」を頭にかぶる兜(かぶと)に焚きしめます。
頭部から伝わる伽羅の香りは、きっと彼にとって心の支えとなったことでしょう。
しかし、彼は戦いの中敵である徳川方に討ち取られ、首を取られてしまいます。
戦いの後、討ち取られた重成の首を確認すると伽羅の上品な香りがその場に漂ってきました。
相手方の長である徳川家康は伽羅の高貴な香りに気付き、敵ながら感服したといわれています。
死後もなお自らの誇りを敵に伝えられたのは、お香(伽羅)が重要な役割を果たしたからだといえるでしょう。
いつ命を落としても、また首を落とされても無様な姿とならないように。
武士としての重成の覚悟と品格が、伽羅の香りから伝わったエピソードでした。

また、お香が使われ始めた当初は仏教で重要な役割を果たしていたとも考えられます。
まず、仏教の世界においてお香の煙は亡くなった人が食べる食事として重要視されてきました。
加えて、武士道と仏教は密接に関わっています。
武士道の理念の1つとして「生の執着を捨て、死を恐れず平静を保つ姿」があります。
これは仏教の「無常感」(万物は全て移ろうもの)という考えからきています。
虫除けや身だしなみだけでなく、仏教と関わりのあるお香を身にまとうのは戦場に向かうお守りの役割も果たしていたのではないかと筆者は考えました。

お香には、香りを感じることでリラックスするという効果もあります。
それ以上に、香道における聞香は武士の振る舞いと大きく重なるでしょう。
香りを「聞く」際、心を落ち着けてじっくりと向き合う姿勢が求められます。
雑念を振り払い一つの物事に腰を据えて対峙するのは、武士が求めた「無我の境地」と重なるのではないでしょうか。
この聞香の集中力は、例えば剣術の修行で使われた「蝋燭切り」にも当てはまりますね。
生の執着や死の恐怖を捨て去り、わずか一瞬のために全力を注ぐのが「無我の境地」です。
余計なことを考えず今この瞬間を生き抜く姿勢に繋げる手法は、まさに武士流の「マインドフルネス」ですね。
さらに、香道の中でも「志野流」は、武家が開祖となっています。
素朴ながらも香りの本質を求め、精神鍛錬の側面を持つ姿はまさに武士のストイックな姿と共通するといえるでしょう。
武士は強さだけでなく、教養も求められました。
それはお香の知識にも当てはまるでしょう。
また、戦国武将は香木の名品を収集し、自身の威厳を示すシンボルとして扱っていました。
なかでも名高いのが「蘭奢待」(らんじゃたい)です。
正倉院に伝わる沈香で、宝物としての名は「黄熟香」(おうじゅくこう)。長さ156センチ、重さ11.6キロという一本の巨木です。
蘭奢待は、誰かが所有して人に与えられる品ではありませんでした。
時の権力者にできたのは、天皇の許し(勅許)を得て宝庫を開き、ほんの一片を切り取らせてもらうことだけです。
現物に今も残る付箋には、足利義政、織田信長、そして明治天皇の名が記されています。
信長が切り取ったのは天正2年(1574年)。
二片を切らせ、一片を正親町天皇に献上し、もう一片を自らが拝領しました。
一方、徳川家康については記録が食い違っています。
『当代記』は、慶長7年(1602年)に家康が奉行を正倉院へ遣わし、現物は確かめたものの、「切った者には不幸が訪れる」という言い伝えを理由に切り取らせなかったと伝えます。しかし『武徳編年集成』は、家康は切ったとしています。どちらが本当かは、今も決着していません。
それでも語り継がれてきたのは前者のほうでした。
最高の栄誉が手の届くところにあってなお、自分に本当に必要なものを慎重に見極める——最も長く待った人物の話として、そう信じたかったのかもしれません。
信長、秀吉、家康の3人のエピソードは、
こちらの記事からご覧ください。

いかがだったでしょうか。
お香や香道は文化だけでなく、武士の振る舞いや心の支えにも大きく影響していたと考えられるでしょう。
ただ香りを楽しむだけでなく、自身の品格や振る舞い、教養の有無にも影響する。
香りを通して精神の修行や自身と向き合う文化は、日本らしい香りの使い方といえるのではないでしょうか。
この記事を通して、よりお香や香道の魅力に興味を持っていただけたらとても嬉しいです。


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