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文化の特徴が大きく違うことも?同じ時代に生まれた文化の違いを教えます。

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2000年以上ある長い歴史の中で、日本ではさまざまな文化が生まれました。

同じ日本・時代から生まれた文化でも、細かい仕組みや形は異なります。
しかし、どの時代の文化でも現代の私たちの生活様式を作りあげてきたことは確かでしょう。

では、同じ文化に生まれた文化の様式や特徴にはどのような違いがあるのでしょうか?
この記事では1つの時代に2つの文化が生まれた室町・江戸時代について深く取り上げて解説します。

室町・江戸時代についてご紹介

文化をお話する前に、今回の話題となる2つの時代についてご紹介します。
その2つの時代は「室町時代」と「江戸時代」です。


室町・江戸時代ともに「武士が中心となって治めた時代」であることが共通点として挙げられます。
具体的にどのような時代・文化が生まれたのか、ご紹介します。

①  室町時代

※画像はイメージです

1336年に足利尊氏が開き、約240年間続いた幕府です。
「室町」は3代将軍足利義満(あしかがよしみつ)が、京都の室町に拠点を移したことが由来とされています。

初期には尊氏が率いる「北朝」と、当時の天皇である後醍醐天皇が率いる「南朝」にて対立します。
これを「南北朝時代」と呼びました。

後期には将軍の後継者問題を発端とした応仁の乱によって、戦国時代に突入します。
そのため、室町時代は南北朝時代と戦国時代が含まれていると考えた方が良いでしょう。

1573年に、15代将軍の足利義昭が織田信長の手によって追放されます。
これにより事実上室町幕府は滅亡しました。

前後の時代

前:鎌倉時代 (1185年〜1333年)

源頼朝が開いた、日本初の武家政権です。
かつては1192年から始まった説が主流でしたが、現代は1185年が有力とされています。
これは1185年に頼朝が事実上政権の実権を握ったからといわれています。

後:安土・桃山時代 (1573年〜1603年)

応仁の乱以降、各地の武士が天下統一を果たすべく内乱を繰り返した時代です。
特に織田信長、豊臣秀吉が政治の中心となった時代を安土・桃山時代と呼びました。
名前の由来は信長の「安土城」と秀吉の伏見城の別名「桃山」です。

②  江戸時代

※画像はイメージです

徳川家康が開いた江戸幕府が政権を担っていた時代です。
およそ260年の間、15代の将軍が政治のトップを務めました。

戦国時代から続いた戦乱は終結し、人々が穏やかに暮らせた時代です。
この間に「にぎり寿司」や「歌舞伎」など、現代の日本にも続く独自の文化が数多く生まれました。

ちなみに、江戸時代は日本の歴史をモチーフにした「時代劇」でも採用されることが多いです。

前後の時代

前:安土桃山時代 (1573年〜1603年)

1590年の小田原征伐と奥羽(東北)仕置にて、豊臣秀吉が天下統一を果たしました。

秀吉の死後、徳川家康と豊臣家が政権の後継争いを繰り広げます。
1603年の関ヶ原の戦いにて家康が勝利し、江戸幕府が始まりました。

その後大阪夏の陣によって豊臣家が滅びたことで、徳川家の天下が盤石となりました。

後:明治時代 (1867年〜1912年)

1867年の「大政奉還」(たいせいほうかん)により、政権が朝廷(天皇)に返還されます。
これにより、鎌倉時代から続いた武士の世は終わりを迎えました。

明治時代から「一世一元制度」が始まったことで、天皇の代替わりごとに1つの元号が使われるようになりました。
明治天皇の即位から崩御までが明治時代とされているのはそのためです。

室町時代に生まれた2つの文化

室町時代に生まれた文化は、「北山文化」と「東山文化」の2つです。
それぞれ将軍が当時持っていた別荘の名前からつけられました。

方角に山がつくため混同されやすいですが、大まかな様式は異なります。
それぞれの違いは以下の通りです。

(1)  北山文化

室町幕府3代将軍である足利義満が中心となって確立した文化です。

義満は明(当時の中国)と「勘合貿易」を展開します。
これは正式な貿易船と証明する「勘合」を発行したことに由来します。

勘合貿易では生糸や絹織物、銅銭を輸入していました。
勘合貿易で得られた明の文化と日本の武家・公家社会が融合することで、きらびやかな文化が生まれました。

代表的な文化

①建築

金閣寺
寝殿造、書院造、禅宗様の3層で構成されています。
1950年代に火災で焼失したことから、現代は復元された建築物が見られます。

②芸能

能楽
観阿弥、世阿弥親子によって確立した世界最古の仮面歌舞劇です。
能楽は「能」と「狂言」の2つで構成されます。
「能」は神や幽霊を題材にし、悲劇的な内容を表現しています。

一方、「狂言」は日常や喜劇をモチーフにした会話劇が主流です。
「般若」や「おかめ」のお面は一目見たことがある人が多いのではないでしょうか。
ちなみに、「般若」は女性の嫉妬や恨みを凝縮した怨霊の面です。

③文学

五山文学
漢詩文が発展しました。

会所
連歌をはじめとした遊宴が開かれたサロンです。
当時の文学を発達させる重要な役割を果たしました。

④工芸品

唐物 (からもの)
中国で作られた絵画や陶磁器、織物です。
これらの工芸品は明との勘合貿易によってもたらされました。
座敷の装飾品として人気を博し、後世の「床の間」の原型となります。

⑤暮らし

花合わせ
毎年七夕に行われていた伝統行事です。
義満の邸宅である北山邸にて、多くの花瓶に花をいけて空間を飾りました。
花を使って空間を華やかに彩る文化は、この頃に浸透したといわれています。

(2)  東山文化

室町時代後期に、足利義政 (室町幕府8代将軍)が中心となって成立した文化です。
質素ながら洗練された趣を重視する「侘び寂び」(わび・さび)の様式が確立しました。

代表的な文化

①建築

枯山水
日本庭園の様式の1つです。水の代わりに白砂や石で山水を表現しています。
筆者も京都で拝見した際、白砂で水面の波紋を緻密に表現している様子に息を飲みました。

枯山水の様子。
無駄を削ぎ落とし緻密に組み立てられた水面は、見る人に一瞬の緊張を与える。

書院造
現代の和室の原型となった作りです。
、床の間や高さが異なる「違い棚」を備えています。
当時は武士の応接間や書斎(書院)の役割を担っていました。

銀閣寺
金閣寺と比べて外観は簡素ですが、内部は機能美を持ち合わせています。

②芸能

香道
お香を使った芸能です。
香りを「聞く」ことで、自身の内面と向き合いました。
流派によっては武家社会と密接に結びついており、精神修練を重んじる側面もあります。

香道についてはこちらの記事
詳しく解説しております。
あわせてご覧ください。

水墨画
墨を使った日本画です。雪舟によって確立しました。
雪舟は水墨画の本場である明で修行した後、日本的な感性と融合させた独自の技術を生み出します。
彼の腕と功績は「画聖」として称えられました。

侘び茶 (わびちゃ)
村田珠光(むらたじゅこう)によって生まれた茶道の流派です。
華美な道具は使わず、簡素な雰囲気が目立ちます。
精神性を重視する茶の湯としての立ち位置は、東山文化で確立した「侘び寂び」と深く連動しているでしょう。

江戸時代に生まれた2つの文化

室町時代に生まれた文化は、「元禄文化」と「化政文化」の2つです。
名前は当時の元号から名付けられました。

また、文化の中心となった人物がそれぞれ違うのも面白いポイントです。
ここからそれぞれの文化の特徴を見てみましょう。

(1)  北山文化

元禄文化」は江戸時代前期に生まれました。
立役者は主に「上方」(かみかた)と称される京都、大阪などの町人が中心です。

特に「豪商」と呼ばれる富裕層が担い手となったことで、自由な明るさと華やかさを感じる文化となりました。

代表的な文化

①文学

俳句
松尾芭蕉により確立した文学です。
5・7・5の17音で季節や風情を表現します。

俳句では季節に応じた単語である「季語」を入れるのが特徴です。
例えば、春なら「桜、朧月」、冬は「枯野、霜柱」などが季語に当てはまります。

近松門左衛門の活躍
人形浄瑠璃や歌舞伎の台本を多く生み出しました。
これらは現代の舞台でも見ることができます。

②絵画

浮世絵
木版画と多色刷りの技法を使った「浮世絵」は、江戸時代に多くの名作が生まれました。
特に元禄文化では、菱川師宣による「見返り美人」が有名です。

③工芸

友禅染め
着物に絵柄を染める手法で、江戸時代に確立されました。
布に絵を描くように繊細な色柄をつけることができます。

華やかで写実的なデザインが好まれ、現代まで受け継がれてきました。
江戸、京(京都府)、加賀(石川県南部)が三大友禅とされ、絵柄に若干の違いがみられます。

④食事

天ぷら
屋台の定番メニュー。
当時は江戸近郊で取れた魚介をごま油で揚げたものでした。

かけそば
そばをつゆの中に入れた「かけそば」が誕生します。
せっかちな江戸っ子にファストフードとして愛された。

(2) 化成文化

江戸時代後期に、江戸っ子が中心となって生まれた文化です。
」や「洒落」といった美学を好み、退廃的ながら軽妙な様相が見られます。

実用的な文化と庶民が中心となって生まれた化政文化は、現代でいう「ポップカルチャー」の先駆けとなりました。

ちなみに2025年にNHKで放映されていた大河ドラマ『べらぼう』も、この時期を題材にしています。

「通」と「洒落」の考え方

」は知識を深く理解し、都会的で軽やかに洗練された様子です。
物事の本質を理解しつつも、ユーモアたっぷりにあえて真剣な態度を出さない振る舞いが好まれました。

通の根幹には「」という美意識があります。
粋は引き算したシンプルな様相に、媚びない色気や物事に執着しない気風(きっぷ)の良さが特徴です。

江戸っ子のからりとした振る舞いながら、粗野でない洗練された美意識を持つことが粋として捉えられました。

また、「洒落」も余分な汚れを落とし、さっぱりとした引き算の美学を感じるのが特徴です。
これは見た目だけでなく、遊び心やユーモア、言葉や教養を持った洗練さも求められました。

化政文化と同時期に生まれた四十八茶百鼠の文化。
当初は庶民の贅沢を禁じるために衣服の色を指定した法令から生まれました。
その後、限られた色の中でおしゃれを楽しむための文化として変化していきます。

通と洒落どちらも、現代でいう「垢抜け」に近い要素を感じます。

教養やユーモア、考え方まで洗練されたことを求める美学は、どこか現代の私たちにも共感できる要素があるでしょう。

代表的な文化

①文学

川柳
5・7・5の17音で風刺や日常の様子を表す文学です。
俳句や短歌とは異なり、季節を表す「季語」が存在しません。
筆者も学生時代に制作しましたが、17音前後で表現するのは意外と難しいです。

②絵画

浮世絵、錦絵の全盛
葛飾北斎や喜多川歌麿、歌川広重といった絵師が活躍します。
彼らの作品は後に「ジャポニズム」として、西洋に暮らす人々に影響を与えました。

ジャポニズムについてはこちらの記事
解説しています。
あわせてご覧ください。

③食事

寿司(握り寿司)
現代で親しまれている「握り寿司」はこの時期に誕生しました。
ちなみに当時は屋台で食べる「ファストフード」の立ち位置だったようです。

④暮らし

旅行
「伊勢参り」による旅行が、庶民の娯楽として確立しました。

寺子屋
学童の教育スタイルである寺子屋は、この時期に誕生しています。

寺子屋についてはこちらの記事
詳しく解説しています。
あわせてご覧ください。

文化の違いには政治や中心人物が影響している?

ここまで室町時代、江戸時代に生まれた2つの文化を紹介しました。

1つ気になるのが、比較的「前半に生まれた文化=華やか」「後半に生まれた文化=落ち着いている」という傾向がある点です。

ここは当時の幕府の政治や世相が反映していると考えられます。

文化名北山文化東山文化元禄文化化政文化
生まれた時期室町時代
前期
室町時代
後期
江戸時代
前期
江戸時代
後期
文化の
特徴
豪華絢爛質素,
洗練
自由,
明るい,
華やか
退廃的,
軽妙
当時の
将軍
足利義満
(3代目)
足利義政
(8代目)
徳川綱吉
(5代目)
徳川家斉
(11代目)
中心人物足利義満足利義政上方
(京都,大阪)の豪商
江戸の
町人
政情安定

勘合貿易により経済が発展。
政治面では南北朝が統一され、安定した政治を運用できるようになった。
不安定

将軍の後継者争いから応仁の乱が勃発。
争いは京都の広範囲に広がり、一時焦土と化した。
やや安定

経済と産業が成熟しつつも、政治手法の転換が続き混乱したこともあった。
やや不安定

財政逼迫に伴う、奢侈禁止令が複数回発令される。
庶民の暮らしに大きな制限が課された。

政治の安定度合いが文化の雰囲気を形成している?

上の表で、それぞれ4つの文化の特徴をまとめてみました。

北山文化、元禄文化はそれぞれ時代の前半に生まれ、政治が安定していた時期でした。
この頃は比較的華やかな文化が生まれています。
穏やかで楽しい時間だったことが、きっと華やかな文化に現れているのでしょう。

一方で、東山文化と化政文化では政治が不安定な側面が見え始めます。
東山文化では応仁の乱、化政文化では財政逼迫がそれぞれ大きく影響していました。

そのため東山文化では心を落ち着けるための質素さ化政文化では幕府の制限に対する反発から生まれた特徴でないかと筆者は考えます。

文化を作った中心人物にも注目したい

また、2つの時代で生まれた文化を生んだ中心人物も要チェックです。

室町時代に生まれた北山・東山文化では、時の将軍が中心となって形作られました。
この頃は日本で内乱が起きる可能性があり、まだ完全に平和な世の中とは言いづらい時代でした。
実際に足利義政の時代には、応仁の乱が勃発しています。

この時代の武士は「いつ死ぬか分からない」状況の中、精神を落ち着ける瞬間が心の支えとなっていたようです。

また、室町時代において日常生活において死と隣り合わせだったのは武士だけではありません。
合戦や略奪など、庶民も理不尽な出来事で命を奪われる確率が高かったのでした。

一方で、江戸時代には穏やかで平和な世が訪れます。
少なくとも幕末の動乱まで、武士が戦いの場で命を落とすことはありませんでした。

町民も穏やかに暮らすことができたことから、いつしか文化の中心に立つことができるようになったと考えられるでしょう。

まとめ:
同じ時代から生まれた文化でも、世情が違えば大きく異なる

同じ室町・江戸時代に生まれた文化でも、特徴や中心人物に大きな違いがありました。
これは当時の世相や人々の意識が大きく影響していたと考えられます。

いつの時代でも、生まれる文化は当時の社会情勢が影響しています。
しかし、時代が変わってもこれらの文化が私たちの心を動かすことには変わりがありません。
当時一生懸命生きてきた私たちのご先祖様の願いや熱意が、文化に込めらえているためといえるでしょう。

日本にはこの他にも様々な美しい文化があり、それを現代の私たちが受け継いでいくことが重要な使命です。
そのためには、まず多くの人に文化を知ってもらうことが大切だと筆者は考えています。

この記事が日本の文化を知ってもらう・受け継ぐきっかけとなれば非常に嬉しく思います。

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