
武士道の理念ここに極まる。書物「葉隠」の魅力をご紹介

突然ですが、「葉隠」という書物をご存知でしょうか?
タイトルは聞かずとも、名言である「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり(武士道というのは死ぬことと見つけたり)」という文言を耳にしたことがある人もいるでしょう。
本書は武士道の理念を体系化し、後世へと繋げた重要な資料です。
そこで、この記事では成立の経緯や現代での活用法をお話していきます。
「武士道」の解説はこちらの記事もあわせてご覧ください。
「葉隠」の概要をご紹介

「葉隠」は江戸時代中期に、武士としての心構えや生き様をまとめた全11巻の書物です。
私利私欲を廃し、命を賭ける覚悟で主君への忠義を貫く覚悟を説きました。
本書の内容は多くの人の心を打ち、後世へと大きな影響を与えています。
作者と成立年
本書は山本常朝が語り、その内容を田代陣基が書き取りをした書物です。
1716年には成立していたといわれています。
山本、田代双方ともに佐賀鍋島藩(現在の佐賀県)に所属していました。
佐賀鍋島藩は後に「弘道館」による教育・人材育成や西洋の医学・軍事をいち早く日本で取り入れたことで有名です。
明治維新の際は「薩長土肥」※ の一角として、新政府の樹立に大きく貢献しました。
当時から教育や先進技術の導入に積極的な藩だったからこそ記せた書物ではないかと、筆者は考えます。
薩長土肥:現在の鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県
作者・山本常朝の人柄
山本が説いた葉隠では、忠義を慈悲にあふれた文章で説くのが特徴です。
これは、彼が20代に経験したある出来事の影響が大きいでしょう。
山本は当時佐賀鍋島藩の藩主であった鍋島光茂に小姓として仕えていました。
しかし、光茂に仕えながら彼の息子である鍋島綱茂の歌の相手をしていたことに不興を買ってしまいます。
その件で当面の間仕事から離れるよう命じられた常朝は、失意の中仏道を学ぶのでした。
さらにこの頃、神道・仏教・儒教を極めた藩随一の学者といわれる石田 一鼎のもとに度々通い、感化を受けます。
これらの経験で人柄も能力も磨かれた彼だからこそ、葉隠が後世まで受け継がれる深みのある書物となったと考えられるでしょう。
根幹となる思想

本書では「武士道」にまつわる教えを説いていますが、とりわけ「忠義」と「慈悲」に焦点を当てている印象を受けます。
ここでは主な教えについて解説していきましょう。
① 忠義と奉公
まず、私利私欲を捨てて主君や国家に仕える「活私奉公」の精神を奨励している点も注目すべきです。
本書では頭で考えるよりも先に、行動で忠義を示すことが大切だと示しました。
この姿勢は不言実行・無我夢中の「死の境地」で実践することが重要だと示しています。
② 陰徳を積み、慈悲の心を常に持つ
善行を重ねることは人として大切ですが、それをアピールするのは潔しとしませんでした。
あくまでも「人に見えないところでひっそりと善徳を積み、裏方に徹する」ことが重要だと説いています。
さらに、全ての人に分け隔てなく慈悲の心を持つことが大切です。
この教えに忠義・孝行を加えたものは「四誓願」といわれています。
共に奉公する仲間や年少者に対しても心を配り、共に励まし合いながら主君に仕える姿勢を求めたといえるでしょう。
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」
葉隠を語る上で外せない一文です。
これは死を覚悟することで、良心に沿った正しい決断と行動ができるようになるという教えを表します。
日常生活の中で死を意識することで、今この瞬間を全力で生きることができるというメッセージを残しました。
「武士道=死」を推奨していた…?
葉隠とセットで語られる明言として、先述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」があります。
この文面だけ見ると「武士道は命を投げ捨てるのを推奨しているのでは?」と考えられた方もいるのではないでしょうか。
実際に戦国〜江戸時代の時代劇を見ると、登場人物が自害するシーンが多い点も重なると筆者は考えます。
しかし、筆者である山本は死を推奨しておらず、あくまで以下の意図で発言したと考えられます。
- 死に物狂いで動くことで、最大限のパフォーマンスが出せる
- 「自己犠牲→あくまで【自分の意思を捨てる】こと」と考えられる
- 死を常に意識することで、生の尊さと周囲への気配りを欠かさず持つことができる
- 二択を迫られたら、迷わず困難な方へ進むこと
なお、本人はむしろ「生きていることが好き」と明言しているほどです。
あくまで死を推奨している意図は決してない点は留意しましょう。
タイトルの由来

タイトルである「葉隠」は植物にまつわり、一見武士と関係がないように見えます。
しかし、この名前には作者の願いが込められていました。
「葉隠」とは、「葉の下にひっそりと隠れる」という意味を持ちます。
つまり、「読み手となる武士が表舞台に立たずに暮らしつつも、武士道の理念は忘れずに貫く」ことの重要性を説いたのでした。
本来武士は武芸をもって主君または国家に仕える存在です。
しかし、本書が成立した時代は戦国時代最後の戦である大阪夏の陣からおよそ100年が過ぎようとしていました。
すなわち、武士の本来の努めである「戦って主君を守る」場面がほぼなくなっていたのです。
だからこそ、武士道の理念を忘れず継承していきたいという山本らの思いがタイトルへ込められていると考えられます。
一方で、「そもそも世間一般に広く読まれることを想定していなかった」という説もあります。
執筆された当時、一説では武士の割合は全体のおよそ7%でした。
本書が武士を対象に執筆されたことを考えると、そこまで広く世間に浸透されるとは考えにくいのです。
前述の通り山本は表舞台に立って自らの手柄をアピールすることは潔くないと話しました。
本書のタイトルはこの姿勢と重なるポイントがありますね。
後世に与えた影響
本書はあくまで「武士」に着目していますが、その内容は現代までの後世に通ずる点が多々あります。
具体的にどのような影響を与えているか、詳しく見ていきましょう。
文豪「三島由紀夫」が感銘を受ける
戦後の日本文学を代表し、ノーベル文学賞候補となった三島由紀夫は「葉隠」に感銘を受け、繰り返し愛読したと言われています。
この経験から、三島は1967年に「葉隠入門-武士道は生きてゐる」を執筆しました。
本書は葉隠の魅力を三島がプレゼンをしていることが特徴です。
ただ葉隠について語るだけでなく、三島自身の人生論から道徳観、死生観を垣間見ることができる貴重な一冊だといえるでしょう。
ビジネスの教材としても活躍

「主君への絶対的な忠誠心」をはじめとした内容は、ビジネスの教材へと活用されました。
とりわけ「社会で働く際に持ちたい心構え」を解説するために取り上げられる傾向が多いようです。
主君となる会社のために誠心誠意奉仕する。
さらに、同僚や部下に対しては慈悲の心をもって手を差し伸べること。
仕事をいただけることに感謝しながら、これらの教えを胸に抱いて日々の業務に務めたいものです。
まとめ:
葉隠は現代へ武士道の理念を伝え、生と死を真摯に見つめ直す貴重な書物である

「葉隠入門」にて、三島は日本人と生死の関係性を「表裏一体の原理として日常生活に根づいている」と考えました。
それは現実世界に流れる「せせらぎ」のようなものであり、日本人の芸術の源泉だと清々しく捉えられています。
そして、そこには「生の尊厳」が凝縮されていると、「葉隠入門」刊行後に評価されました。
他者に対する慈悲の心を大切にしつつ、今この瞬間を一所懸命生き抜くことは不変の真理だと筆者は捉えます。
この記事を通して「葉隠」の魅力をお伝えできたら、非常に嬉しいです。















