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「武士道」とは?意味を辿ると日本人の精神性が見えてきた

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武士道。
それは日本にかつて存在していた「武士」を中心に広まった独自の美学です。

ちょんまげ頭に刀を持ち、袴と鎧を着用して戦う「武士」。
武士は長い歴史の中で、日本文化や日本人の精神性に大きな影響を残しました。

武士の存在は世界中に広まり、同時に「武士道」の考え方も多くの人に感銘を与えたようです。
その波及ぶりは、英語でも「Bushido」「Samurai」というローマ字である程度言葉が通じるほどでした。

では、具体的に武士道はどのような精神性を持っていたのでしょうか?
この記事では、世界に広まった「武士道」と武士の生き方を、歴史や文化を通して解説していきます。

武士道とは?

武士道とは、武士が大切にすべき道徳・倫理のルールをまとめたものです。
その基礎は武士が台頭した鎌倉時代から存在していました。
現代の形で完成・普及したのは江戸時代だと言われています。

主な特徴は儒学思想(特に朱子学)との結びつきを元とした「七徳」と呼ばれる考え方です。

「七徳」の構成内容

用語読み意味
正義を行うこと。
正しいことを正しく行う」という武士道の最も大切な美学である。
ゆう義(正義)を遂行するための行動力。
恐れを感じても、知恵と覚悟を持って踏み出す勇気が必要とされた。
じん人に対する愛情や思いやり。
力を持ち合わせた武士だからこそ、弱い立場の人を思いやり守る姿勢が大切と考えられた。
れい礼儀や作法、言葉遣い。
形だけでなく「心が伴った姿勢」であることが重要とされている。
まこと嘘偽りなく、誠実であること。
「武士に二言はない」という考えのもと、言葉と行動が一致する「言行一致」の言動が求められる。
名誉めいよ自身の品位や名誉を重んじ、それに反する行動を避けること。
他者からの評価でなく、あくまで「自分が恥ずかしくない生き方をしているか」を自らに問い続ける事が重要である。
忠義ちゅうぎ主君への絶対的な忠誠心
(主君の過ちをいさめることも含む)
主君だけでなく、自らが信じるものに心から仕える姿勢が求められた。

ただ武力を振るうのが武士ではありません。
そこには「力を持った者だからこそ、自らの良心に従い嘘偽りない正義を遂行する」ことが求められました。

さらに、主君に対する絶対の忠誠心や自分に関わっている人々への思いやりも不可欠です。
力の強さだけでなく、優しさや品性、礼儀正しさなど多岐にわたる人としての在り方が求められたのが武士道の真髄といえるでしょう。

武士道を語った名著「葉隠」

江戸時代中期に山本 常朝(やまもと つねとも)によって武士の心得をまとめた書物『葉隠』は、武士道を語る上で欠かせない名著です。

後述する「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」(武士道とは死ぬことと見つけたり)という言葉は、武士道を体現する理念として多くの人々を感銘させました。

その後1899年に思想家・教育家である新渡戸 稲造(にとべ いなぞう)が日本人の道徳の素地となる「武士道」に着目します。

西洋文化と比較しながら紹介した著書『武士道』(英語タイトル:Bushido:The Soul of Japan)が英文で発行され、海外でも武士道の理念が広く知られていきました。

昭和期に活躍した作家「三島由紀夫」も、自身のバイブルとして『葉隠』を愛読していたようです。

書物『葉隠』については
こちらの記事でも解説しています。
あわせてご覧ください。

そもそも、「武士」とはどんな人?

では、武士道を大切にしていた「武士」という人々はどのような人だったのでしょうか?
実は、刀を持って戦うだけではない奥深いストーリがありました。
詳しく見ていきましょう。

武士の定義

武芸を職業とし、主君または国家に仕えた支配階級の男性を指します。
主に中世・近世(鎌倉時代〜江戸時代の終わりまで)の時代の日本の支配階級でした。
語源は武芸の「」と男性を表す「」を合わせたものです。

武士の源流は諸説ありますが、以下の人々が武士の祖先となったと現代では考えられています。

武士の源流

  • 貴族の警護として仕えていた者
  • 下級貴族で構成された武芸集団
  • 地方の有力農民や豪族

天皇家の血筋を引いた源氏と平氏

特に初期の有名な武士といえば、平安時代末期に活躍した「源氏」と「平氏」が挙げられます。
実はこの両者、それぞれ天皇の血筋を持った雅な一族なのです。
それぞれの祖を見てみましょう。

  • 源氏:源経基
    (第56代清和天皇の孫)
  • 平氏:高望王
    (第50代桓武天皇のひ孫)

平安時代末期に覇権を取るべく両者は争い、最終的に源氏が勝利しました。
勝利した源氏が鎌倉幕府を開いたことで、およそ700年武士が政権を担う時代が続くことになります。

ライバルとして語られる両者ですが、どちらも天皇をルーツに持つ点に歴史のロマンを感じますね。

主な業務内容

武芸集団だけあって戦いに従事するイメージが強い武士ですが、その業務内容は多岐に渡ります。
中には意外にも、デスクワーク行っていたこともありました。

それぞれの時代ごとに行っていた武士の業務内容を覗いてみましょう。

時代業務内容
鎌倉・室町時代現代でいう個人事業主のイメージ。

・武芸の鍛錬
・有事の際に将軍や幕府を守るべく戦う
・自分の領地の守護、運営
・京都にある皇居や院を守る
戦国時代・他武将との戦闘に参加
・領地の支配、徴税
江戸時代現代でいう公務員のイメージ。
政治面が主流で、戦闘を行う仕事はほぼなくなった

・領地または藩の統治
・城の警護

以下は主に下級武士が担当。
・寺子屋(小学校)の講師
・家事手伝いの内職

「武士道=死!?」死にまつわる話が多い理由

武士を題材にした物語では自ら命を絶つ「自刃」(じじん)というシーンが定期的に登場します。
自刃する理由は様々ですが、多くは戦いに負けた武士やその一族が行うことが多いです。

「敵の手に落ちる前に自ら命を絶つ」という場面は、見た人の心を震わす重要なシーンとなりました。

しかし、ここで1つ疑問が浮かび上がります。
なぜ武士たちは、生きて再起を図る道を選ばずに自ら死を選んだのでしょうか。
生きてさえいれば、時間はかかってもある程度の物事はやり直せるはずでしょう。

とはいえ、なかなかやり直しが効かないのが「武士」の人生です。
その理由には「七徳」の中にある「名誉」の考え方が挙げられます。

武士道の理念に大きく影響した「名誉」の考え方

改めて、「七徳」の「名誉」についておさらいしましょう。

名誉
自身の品位や名誉を重んじ、それに反する行動を避けること。

他者からの評価でなく、あくまで「自分が恥ずかしくない生き方をしているか」を自らに問い続ける事が重要である。

先ほどの自刃には、この「名誉」の考え方が大きく影響します。

当時の戦いでは、勝負に負けた大将は命を奪われるだけでは済みませんでした。
その理由は最終的に行き着く結末として「処刑」が待っていたからです。
処刑されて落とされた自らの首は、大衆の面前に数日間晒されました。

実際に戦国武将で徳川家康と争った石田三成や、幕末に活躍した新選組局長の近藤勇も戦いに負けて捕縛された後に処刑され、首を晒されています。

つまり、戦いに負けて敵に生け捕られ無残に処刑されて晒し首になることは、武士にとって最大の恥と考えられたのです。

また、事態によっては大将本人の処刑だけでは済みません。
時に大将の跡継ぎや一族、果ては家臣にまで処刑の刃が及ぶ過酷なケースもありました。

こうした最悪の結末を避け残された家族や家臣の命を救うために、「大将自らが責任を取って自刃する」という命の等価交換が行われることも一般的でした。

敵の手に落ちる前に、自ら負けを認めた上で潔く命を散らす終わり方。
時に己の命と引き換えに、大切な人と自らの名誉を守ること。
これこそが武士の尊厳と名誉を守り、後世に「死に花」を咲かせる美しい散り際と考えられたのです。

「武士道」の名誉を体現したキャラクター「ロロノア・ゾロ」

国民的アニメ「ONE PIECE」の登場人物であるロロノア・ゾロは、まさに武士道を体現している人物です。
剣士としての誇りを持つ彼はライバルとの対決にて、敗北の際に「背中の傷は剣士の恥だ」と話しました。

その心意気を認めたライバルは、彼の胸に刀傷を負わせたのでした。

主人公のチーム「麦わらの一味」で一番義理人情に篤いです。
彼はまさに「武士道」の生き様を示しているといえるでしょう。

ロロノア・ゾロのイラスト(ONE PIECE) – いらすとや

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」

また、類似の精神性として「武士道と云ふは死ぬ事と見付けた」(武士道とは死ぬことと見つけたり)という言葉がその答えを示しています。

この言葉は江戸時代中期に山本 常朝(やまもと つねとも)によって武士の心得をまとめた書物『葉隠』の中で述べられています。

この言葉には以下の意味が込められているのが特徴です。

① 生死の二択を迫られたら、迷わず死を選ぶこと
(=二択のうち、選択するなら迷わず困難な方を選ぶこと)

② 死に物狂いで動くことで、最高のパフォーマンスを出すことができる

③ 死を意識することで生の大切さと真の生き方を見つけられる

④ 自分がいついなくなっても良いように、周囲が困らないよう手立てをしておく

ただし、この言葉ではあくまでも「死にもの狂いで物事をやり遂げること
常に死を覚悟することで目の前の責務を全うする」ことの大切さを説いています。

山本 常朝自身は生きることも好きだと併せて話しています。
そのため、安易に命を捨てたり死を美化しているのではないという点は注意しましょう。

武士がいなくなっても武士道は残り続けた

武士は2025年現在の日本には存在しませんが、武士道の精神は脈々と日本人に受け継がれています。
その理由と背景を歴史・文化の側面から見ていきましょう。

武士の存在が消えた理由

1867年の大政奉還がきっかけで、およそ700年続いた武士の時代は終わりを迎えました。
明治政府の誕生により武士は「士族」として身分が定義され、それまで従事した武芸から農業などの仕事に転身していきます。

廃刀令(刀の所持の禁止)が出たことで刀を持つことがなくなり、ちょんまげ頭は文明開化による西洋文化の到来にてざんぎり頭(西洋風のショートヘア)に装いが変わりました。

それでもある程度武士の名残が残っていた士族の身分ですが、1947年に施行された日本国憲法によって廃止され、現代の日本で武士の存在が完全になくなりました。

武士道の精神は後世にまで残り続けた

武士の身分制度の廃止と急速な西洋化は、一部の武士たちに大きな反発を引き起こします。
結果として一部の地域で反乱が発生してしまいましたました。

なぜここまで反乱を起こしてまで明治維新と西洋化を推し進めたのでしょうか。
その理由は富国強兵の考え方が素地にあるといえます。

日本を大きく変えた「富国強兵」

明治時代当時、欧米諸国は当時最先端の技術と軍事力を持っていました。
ペリー来航をきっかけに不利益な条約を多々結んでしまったことから、対等になるために欧米にならって富国強兵をしなくてはいけないと考えたのです。

つまり、反乱を受けても進めた理由はただ日本をより良い国に発展していきたかっただけであるといえます。
あくまでも日本独自の文化や武士、侍の生き方全てを否定する意図はなかったのでしょう。

国民道徳として残った「武士道」

そのためか、武士道に限っては明治維新後には全国民が見習うべき「国民道徳」として受け継がれていくことになります。

例え武士がこの世から消えても、彼らのの美しい生き様や心構えは後世に残すべきだと時の人が考えたのではないか。
そのように筆者は考えています。

現代日本と「武士道」

実は現代では武士の存在を見ることができません。
その理由は明治時代に国力の近代化を図ったためです。
徴兵制度と身分の解放を推し進めたことで、武士の存在が消えていきました。

しかし、完全に武士は現代日本から消えたわけではありません。
その理由は「クールジャパン」と称される「創作作品」が挙げられます。

例えば日本の歴史をモチーフにした「時代劇」「大河ドラマ」では、当時の武士の生き様や活躍がドラマチックに描かれました。
大ヒットした作品は後世にも受け継がれ、度々テレビでも再放送を繰り返すほどです。

さらにアニメや漫画でも、武士をモチーフにしたキャラクターが大活躍しています。
幅広く武士をモチーフにした映像やキャラクターが広まることで、武士の存在は私たちの生活に根強く残りました。

彼らに共通しているキャラクターは「気持ち良いほど潔い生き様」だと筆者は考えます。

時代によって役割や業務内容が変わった武士ですが、「武士道」の精神性だけは常に変わらず後世へ受け継がれたと言われています。

まとめ:
武士道の姿勢は後世の日本人にもつながり、求められているかもしれない

大切な人や物事とは誠実に向き合うこと
礼節を重んじ自らに恥じない生き方をする大切さ」。
これら武士道の考え方は、後世に生きる私たちに問いかけるものが多々あります。

どうしても現代社会は「効率良く結果を出して生きること」が求められがちです。
しかし、そこに自分の真心や関わる相手の気持ち、物事に対する誠実さは常に存在しているのでしょうか?
ふと立ち止まると、そう考えてしまいます。

忙しない時代だからこそ、人として大切な生き方はどのようなものなのか。
そう「武士道」は私たちに常に問いかけているのではないでしょうか。
国民の道徳として残してくれたのも、きっといつの世にも通じる大切な教えだと当時の人々は考えてくれたのでしょう。

改めて、武士道の精神のもと仕事の取り組みや周囲への接し方を大切にしていきたいです。

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己を知り、人生に覚悟を。
『武士道というは死ぬことと見つけたり』
江戸時代の書物「葉隠」に記された、有名な一説。
ただ生き長らえて命を全うするのではなく、
主君のために死ぬことさえも覚悟せねばならない、武士としての精神、人生の道を説いている。

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