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どちらも綺麗だからこそ気になる。日本での桜と梅の変遷を辿ってみた

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桜と梅。
春に可憐な花を咲かせる2つの植物は、私たち日本人の心を掴んで離しません。

そのような2つの花ですが、歴史の中で立場や品種が移り変わるのはご存じでしょうか?
今回は時代の流れから見る彼らの魅力について語ってまいります。

原産か渡来か?桜と梅について解説

日本の桜と梅について、それぞれに特徴と由来を解説します。

桜は古くから日本各地に原種として存在する花です。
毎年3月下旬から4月になると野山で咲く様子は、時代を問わず人々の心を踊らせます。

日本国内における有名な種は「ヤマザクラ」「エドヒガン」「オオシマザクラ」です。
後に栽培品種として「枝垂桜」(しだれざくら)が生まれました。

桜は厳密に日本の国花として定められていないものの、「桜=日本」というイメージは世界中の人々に定着しています。
そのイメージは女の子の名前や土地名・学校名でも「桜」が多く使われていることも影響しているでしょう。

「桜」の語源

名付けの由来は諸説あります。

  • 花が「咲く」という動詞に、複数を表す接尾詞「ら」がついた
  • 田の神「サ神」と、降り立つ場の「クラ」を組み合わせた※1
  • 「木花之佐久夜毘売」(このはなのさくやびめ)の「佐久夜」(さくや)が転じた ※2

※1 当時桜の花が咲く時期が田植えと重なっていたため。
※2 木花之佐久夜毘売:神武天皇の曽祖母で、絶世の美女と称された女神。

日本で主流の品種「ソメイヨシノ」

2025年現在、日本で桜といえば「ソメイヨシノ(染井吉野)」が主流です。
実はこのソメイヨシノ、江戸時代に人の手によって生まれた品種であることはご存知でしょうか?

ソメイヨシノは母を「エドヒガン」、父を「オオシマサクラ」の雑種とされています。
江戸時代末期に染井村(現在の東京都豊島区巣鴨、駒込周辺)の植木職人らの手によって生まれました。

ソメイヨシノが生まれた当初は、かつては桜の名所と名高い奈良県の「吉野山」にちなんで「吉野」「吉野桜」と呼ばれていたようです。
しかし、現地にあるヤマザクラの品種と混同を避けるために、発祥の地を入れた「染井吉野」と名付け親しまれるようになりました。

1950年半ばからはじまった高度経済成長期に日本各地で多く植えられた結果、毎年桜の開花・満開を気象庁が判断する「標本木」として扱われるようになったといわれています。

さらに、海外だと1912年に日米友好の証として、ソメイヨシノとカンザンがワシントンD.C.に贈られたのは有名なお話です。

桜と吉野山

奈良県にある吉野山は桜の名所として古くから親しまれています。

吉野山は平城京や平安京をはじめとした都から近い場所にあります。
また、山岳信仰から神々や仙人が暮らす理想郷として崇められていました。

今からおよそ1300年前に修験道の開祖である役行者が蔵王権現を桜の木に刻み吉野山に祀ると、御神木として後世へと信じられ、桜の木々が献木として吉野山に多く植えられていきます。

吉野の桜はシロヤマザクラが主流です。
「一目見れば千本見えるほどの豪華さ」という理由で「一目千本」「吉野千本桜」と例えられました。

しかし実際には1,000本を大幅に上回る約30,000本の桜の木が吉野山にあるといわれています。
数多の桜が一斉に開花する光景は、まさに絶景です。
もし春に京都・奈良方面に向かわれる場合は、圧巻の美しさをぜひご覧ください。

桜と日本文化

桜は日本に代表される花のひとつでありますが、その理由として「無常」の考えが挙げられます。
美しい花を一気に咲かせ、風が吹いたらあっという間に散りゆく姿は「無常」と儚さを感じられる光景です。
その潔さと美しさが多くの人々の心を捉えるのも、桜の魅力と言ってもよいでしょう。

また、古くから多くの日本人に親しまれた桜はモチーフとして採用されることも多いです。
そこで、桜がモチーフとされやすい事柄を取り上げてみましょう。

桜が採用されやすいモチーフ

  • 着物
  • 硬貨 (100円玉など)
  • 郵便切手 (桜の名所を特集した特殊切手など)

桜と食事

日本食と桜の組み合わせで、まず思い浮かぶのは「桜餅」です。

桜餅はあんこを桜色の生地と塩漬けした桜の葉で包んだ和菓子です。
細かい流派として、「関東風(長命寺)」と「関西風(道明寺)」の違いがあります。

関東風(長命寺)

  • 生地の材料は小麦粉と水
  • 生地を焼いて薄いクレープ状にしてからあんこを巻く

関西風(道明寺)

  • 生地の材料は「道明寺粉」と呼ばれる蒸したもち米を乾燥させた粉
  • 粒を感じさせる餅のような食感が特徴的

また、毎年3月下旬から4月になると、多くの飲食店で桜モチーフのメニューが発売されます。
桜ラテやスムージーなど、幅広いメニューを展開していますが、共通して薄い桃色であることが特徴です。
この色が食卓を彩ると、春が来たなといつも心が踊ります。

ちなみに「桜味」は花や葉を塩漬けしたものが由来です。
塩漬けすることで「クマリン」と呼ばれる芳香成分が発生し、それが桜の香りを引き立てると言われています。

なお、桜の葉を塩漬けしたものは食品によって食べられるものとそうでないものに分かれますので、必ず食べられるかどうかは事前に確認しておきましょう。

元は中国原産で、奈良時代に遣唐使の手によって日本に持ち込まれました。
開花時期は桜よりやや早く、1月下旬から3月上旬にかけて花が咲きます。

遣唐使は唐(当時の中国)から様々な文化や手法を学び、日本へ伝える役割を担った集団です。
漢字や仏教、美術工芸品だけでなく、植物も持ち帰ってきたことには驚きました。

奈良時代当時、「花見」といえば「梅」が主流でした。
その後平安時代になると、「桜」に対象が移ります。
しかし、現代でも梅は桜と同様に多くの名所が日本各地に残っています。
このことから、梅は桜と同じく多くの日本人の心を踊らせる春の風物詩のひとつといえるでしょう。

梅と菅原道真、北野天満宮

中国原産である梅は、かつて学者・政治家として優れた能力を発揮した菅原道真(すがわらのみちざね)が愛した花だと言われています。

遣唐使を廃止し国風文化を推し進めた道真ですが、一部の貴族から嫉妬を受け九州の太宰府へと左遷されてしまいました。

京の京都から去る時に、道真は自身が愛した梅と桜、松の木に別れを告げます。
その際、梅には以下の句を残しました。

「東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春を忘るな」

【現代語訳】
春が来て東風が吹いたら芳しい花を咲かせておくれ、梅の木よ。
大宰府に行ってしまった主(道真)がもう都にはいないからといって、春の到来を忘れてはいけないよ。

主である道真を慕う庭の木々はみるみるうちに生気をなくしてしまいます。
その中で、梅と松の木は道真を追おうとして空を飛びました。
松は途中力尽き、後に「飛松岡」と呼ばれる丘に根を下しますが、梅は一晩で道真がいる太宰府へと無事到着したのでした。

この話は「飛梅伝説」と呼ばれ、現代では太宰府天満宮の神木として祀られています。

道真と北野天満宮

道真が不遇の中天に召された後に、都では太宰府へ追いやった貴族を中心に様々な不幸に襲われます。

さらに、930年にある事件が都を襲います。
それは「清涼殿落雷事件」です。

天皇が住まう清涼殿に突然雷が落ち、貴族が命を落としました。
それだけでなく、落雷事件が起きた3ヶ月後に、時の天皇である醍醐天皇が崩御されてしまったのです。

これら一連の事件は、道真の怨霊が原因でないかと考えられるようになりました。
そのため、道真を復権させると同時に、火雷神が祀られていた北野の地で道真を祀る動きが始まります。
これが、京都府にある「北野天満宮」の由来の1つです。

北野天満宮では彼のゆかりとしておよそ1,500本ほどの梅の木が植えられています。
同時に、現代では道真は学問の神様として崇められ、修学旅行では多くの学生が志望校合格の祈願にやってきます。

ちなみに筆者も中学校の修学旅行の折に、高校受験が無事に終わるようお参りをしたことがありました。

梅と食事

梅は桜と比べると食事に使われることが多いです。
その理由は梅に含まれるクエン酸が、疲労回復に役立つからでした。
梅に含まれる効能は、かつては薬として梅が重宝された歴史もあるほどです。

今回は、代表的な梅を使った食事を見てみましょう。

梅干し

梅の実を塩漬けした後、天日干しをした保存食です。
平安時代には薬用に、戦国時代には戦時に兵士が持つ兵糧に使われていました。

現代ではおにぎりやお茶漬けの具材、梅肉として和え物などの味付けとして、多くの料理で活用されています。

ちなみに現代は甘い味付けのものも市場に出回っていますが、筆者の祖母いわく「昔ながらの梅干しは塩辛いものが主流だった」とのことです。

梅酒

青梅に氷砂糖などの糖類と蒸留酒を漬け込んだお酒です。
蒸留酒はホワイトリカーが主流で使われます。
ただし、蒸留酒であれば日本酒やブランデーなど、他のお酒を採用することも可能です。

糖類やお酒の種類と量で風味に変化がつけられるため、好みの味を家庭で見つけるのも梅酒の醍醐味といえるでしょう。
飲む際はロックやソーダで割ることが主流です。
お気に入りの濃さで調整できるのも嬉しいところでしょう。

風味はさっぱりとした味わいが特徴です。
筆者はお酒があまり得意な方ではないですが、おいしく飲むことができました。

また、家庭で作れる梅酒ですが、市販でも販売されています。
市販の梅酒はそのまま飲めるタイプもあるため、すぐに飲めるのはありがたいですね。

干し梅

梅干しをさらに乾燥させ、水飴やはちみつなどの甘味料を加えたお菓子です。
梅干しと名前が似ていますが、こちらは「梅干しを材料としたお菓子」と考えると覚えやすいでしょう。

干し梅は駄菓子として親しまれることが多い傾向にあります。
そのため、梅干しと比べると「干し梅は甘さが強くなるため好き」と答える人が多いようです。
ただし、塩分が多く含まれるため食べ過ぎには注意しましょう。

梅みそ

みそ、砂糖に梅を合わせた調味料です。
梅は青梅、梅干しどちらを使っても作ることができます。

梅の爽やかな酸味とみそのコク、砂糖の甘さが複雑に交わる味わいは唯一無二の味わいです。
そのため、生野菜のお供からお肉・お魚料理の調味料と万能に活用できるのもポイント。

傷んだ梅や梅干し、梅酒では使いにくい梅でも作ることができ、冷蔵庫の中であれば数ヶ月から1年ほど長く保存できるのも魅力でしょう。
このことから、「梅仕事」の中でも手軽に作れるメニューとして人気を博しています。

梅仕事

梅が旬を迎える6月頃に、その年に取れた梅を使って自家製の保存食を作ることを「梅仕事」といいます。
厳密な料理名ではありませんが、梅と日本の伝統的な食文化を語るためにはおさえておきたい用語です。

旬の食材を一年を通して楽しめる保存食へと作り変え、自然の恵みと季節の移ろいを感じられる梅仕事は、まさに日本と自然の密接な関係性を体感できるでしょう。

ちなみに花の梅と食用の梅は木の品種が異なる点は要注意。
また、熟していない青梅の種子に含まれる「アミグダリン」は人体にとって有毒です。
そのため、必ずヘタと種を取り除いた上で調理するよう心がけましょう。

令和の元号と梅

2019年から2025年現在、日本の元号は「令和」が使われています。
日本では飛鳥時代の645年に「大化」から採用されています。

元号はその時代にまつわる願いや政治的意図が込められているのが特徴です。

例えば1つ前の元号である「平成」は「内外、天地とも平和が達成され、新しい時代への希望と平和への願い」を込めてつけられました。

平成までは中国の古典を由来にしています。
しかし、令和は初めて日本の和歌を集めた古典である「万葉集」から着想を得ました

題材となった和歌は梅の花を題材に32首詠まれ、これらの句が生まれた宴を「梅花の宴」と称して万葉集巻五に記しています。

人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という願いを込めて名付けられた令和ですが、なぜ今になって日本の古典が採用されたのでしょうか。

その理由は万葉集が日本古代の文化や人々の営みを記録した伝統的な古典だったからといえるでしょう。

令和となった2019年当時、その数年前から日本に訪れる外国人が大幅に増加する、いわゆる「インバウンドブーム」が到来しました。

その最中で改めて日本の伝統文化を知ることが、私たちにとって必要だったのではないかと振り返ります。

桜と梅の違いについてみてみよう

花見はなぜ梅から桜に変わったの?

奈良時代当時、花見といえば梅が主流でした。
これには遣唐使と桜の神格化が影響しています。

前提として、梅は奈良時代に遣唐使の手によって中国から渡ってきました。
芳醇な香りと海の向こうから渡ってきた梅は、当時の貴族たちを魅了したと考えられます。

一方で、桜は古来から日本にありますが、当時は神が宿る存在として丁重に扱われてきました。
そのため、春の到来を感じる目的では梅の方が適していたと考えられるでしょう。

その後平安時代に入ると遣唐使が廃止され、日本独自の国風文化が発展していきます。
独自の発展する中で、日本の品種である桜が花見の対象として移り変わりました。

当時日本は大陸から多くの文化や政治、経済の仕組みを学んでいました。
「日本独自の文化を作ること」。
このプロセスで桜と梅もこの変化に関わっていたと考えると、非常に興味深いものです。

紅梅色と桜色

梅の花の色である紅梅色と、桜の花が由来である桜色。
どちらも日本の伝統色です。

紅梅色は鮮やかな赤みのピンクで、桜色は白に近い淡いピンク色の違いがあります。

桜色は実物よりも濃い?

桜色についてですが、雑誌やHPに掲載されている写真よりも実物は色が薄いと感じたことはありませんか?
これは「記憶色」に合わせて色味を調整しているためです。

私たちが記憶している桜の色は実物よりも濃い色味です。
そのため、記憶に合わせてあえて色味を濃くして違和感をなくすよう工夫をしています。

紅梅と襲の色目

平安時代には紅梅と桜をモチーフにした「襲の色目」が十二単で採用されていました。
衣の重ね着で自然の風景を表現した襲の色目ですが、着用できるタイミングは季節や年齢によって異なります。

絶妙な季節のタイミングに沿った襲の色目を着用することは、女性の教養の高さをアピールする手段の1つとなりました。

ちなみに枕草子の作者である清少納言は、旧暦3,4月に着用する紅梅の襲の色目を「すさまじきもの」と称しています。
「すさまじきもの」とは現代語訳で「興醒め」。
「風情がなくてダサい」と辛口に評する彼女の姿は、どこか現代にも通づる話を感じるではないでしょうか。

まとめ:
桜と梅も、日本の春には欠かせない。

桜と梅は似ている花ながら、時代や用途で様々な違いを発見できました。
しかし、共通しているのは春の訪れを感じる花であること、また私たちの心をときめかせる象徴という2点ではないでしょうか。

寒い冬に耐えて美しい花を咲かせる桜と梅は、私たちに温かさと安らぎを届けてくれます。
ぜひ春に日本に来ることがあれば、桜と梅が咲き誇る風景を味わっていただけると嬉しいです。

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