
漆器(漆)の歴史から魅力まで。この記事でまるっと解説します!

「漆」が塗られた「漆器」は、独特の手触りと輝きで多くの人々を魅了しています。
筆者も漆が塗られた食器をホームステイで持って行った際、ホストファミリーから大変喜ばれました。
日本を代表する工芸のひとつである「漆器」ですが、その歴史や魅力は奥深いです。
特に、時代や国を超えて人々を魅了する姿は唯一無二と言って差し支えないでしょう。
この記事では漆器(漆)の歴史から魅力の全てをご紹介します。
漆器とは?

「漆」が塗られた工芸品全般を「漆器」といいます。
その名称から日常のうつわを連想しがちですが、ご飯椀や汁椀といった食卓の道具に留まりません。
実際には、次のように「漆」を施したあらゆる調度品や工芸品までを広く指しているのです。
- 食器・日常雑貨:
椀、皿、重箱、お盆、箸 - インテリア・嗜好品:
茶道具(棗など)、花器、飾棚 - その他調度品:
楽器、文庫箱、仏壇仏具
一方で、美術品として扱われる場合は「漆芸」(しつげい)や「漆工芸」(うるしこうげい)という名が用いられます。
個々の装飾技法や高度な技術面に重点を置いた品を探す時は、これらの呼び名を使うと良いでしょう。
漆器の特徴

漆器の魅力の1つとして挙げられるのは「高い機能性」です。
断熱性と保温性に優れた漆器は、熱い汁物を入れると毎日の食事が快適に楽しめます。
筆者もお味噌汁をいただく際は、漆が塗られたお椀を愛用しています。
また、革製品のように時間をかけて変化する様相も注目したいところ。
使うほどツヤが増し、下地が透けて見える変化は「使いながら育てる楽しみ」を味わえます。
万が一傷んでしまってもご安心を。
漆器は漆を塗り直すことでメンテナンスが可能です。
しかも、漆を重ねて塗ることで頑丈になるのも嬉しいポイント。
長く愛用できるのは、SDGsを推進している社会情勢と親和性が高いといえるでしょう。
使う際はここに注意!
漆器は基本頑丈ですが、お手入れの際に気をつけたいポイントがあります。
大切に長く使うためにも、以下の点は気をつけましょう。
① 高温多湿な場所での保管はNG
漆器の材料は主に漆と天然木です。
変形や傷から守るために、高温な場所を避けて保管しましょう。
乾燥にも弱いので、適切な湿度で管理するのも重要です。
② 使い終わったら「必ず手洗い」を
漆器は中性洗剤(食器用洗剤)とスポンジを使って、優しく手洗いします
食洗機は漆器を傷めてしまうので、使用を避けましょう。
洗い終わったら自然乾燥させずに、布巾ですぐに拭くのも心がけたいポイントです。
有名な伝統工芸品

漆器の伝統工芸品は、日本各地で作られています。
その名は土地名に「〜塗(ぬり)」または「〜漆器(しっき)」と名付けられることが多いです。
ここでは主な漆器の伝統工芸品をご紹介しましょう。
① 輪島塗 (石川県)
石川県輪島市を中心に作られる漆器です。輪島塗は、日本の代表的な高級漆器といわれています。
木地に漆を何度も塗り重ねて強度を高めた「堅牢さ」と美しい蒔絵が特徴です。
室町時代以前から漆器が作られており、全国に流通したのは江戸時代といわれています。
その工程は20個以上あり、完成までには長い月日を要するものも。
1977年には国の重要無形文化財に指定され、現在も伝統として職人の間で技が受け継がれています。
「堅牢さ」を生み出す工程
輪島塗の特徴である「堅牢さ」の秘密は漆だけではありません。
その秘密は「布着せ」と「地の粉」と呼ばれるものがあります。
まず、木材から器を成形した際に傷みやすい部分が生まれます。
そこに「布着せ」と呼ばれる、傷みやすい部分に麻布を漆で貼り付ける作業を行います。
次に、「地の粉」と呼ばれる輪島から取れる「珪藻土」を下地に何度も塗り重ねます。
この2つの工程が、より頑丈で長持ちする漆器に仕上げる工夫なのです。
万が一、使っているうちに壊れてしまっても大丈夫。
工房で修復することができるので、お気に入りを「一生もの」として長く使えるのも嬉しいポイントです。
② 山中漆器 (石川県)
輪島塗と同じく、石川県で生まれた漆器です。
こちらは加賀市にある、「山中温泉地区」で主に生産されています。
器の素地となる木目を活かした美しさと木工技術(木地)が特徴で、別名「木地の山中」と呼ばれています。
木地には「木地挽物技術」と呼ばれる、ろくろを使って木を削り出す技術が使われます。
この木地挽物技術を使った器は手触りが良い薄さを生み出しますが、使われる手法は高度な技術です。
その技術を使った漆器の生産は、山中漆器が国内トップクラスといわれています。
「近代漆器」でも有名
伝統的な漆器は木材に漆を塗布したものですが、高級で手入れが難しい側面があります。
そこで、より安価で手入れがしやすい「近代漆器」が生まれました。
近代漆器は、合成樹脂の器に漆の塗装をして作られます。
山中漆器は、この近代漆器の生産地として日本で有名です。
③ 会津塗 (石川県)
日常使いから美術工芸品まで、幅広いバリエーションが魅力の漆器です。
幕末期「白虎隊」が活躍した、福島県会津地方で作られています。
会津塗の発祥は戦国武将が活躍した「安土桃山時代」です。
当時会津地方を治めていた蒲生氏郷公が産業として奨励して以来、400年以上の歴史を誇る伝統工芸となりました。
産地である会津盆地は、湿潤な気候と豊富な木材が取れることが特徴です。
この特徴が、漆器作りに最適な環境となりました。
独自の手法で作られる美しさ
会津塗には、「花塗」(はなぬり)と「金虫喰塗」(きんむしくいぬり)と呼ばれる独自の手法があります。
「花塗」は、漆を塗った後自然乾燥させる手法です。
本来漆を塗った時は研磨するのですが、自然なツヤを出すためにあえてそのまま乾燥させるといわれています。
次に、「金虫喰塗」はもみ殻を活用した加飾手法です。
虫が食べたような跡に見えるこの加飾手法は、偶発的に生まれる奥行きと立体感を味わえます。
「漆」の生産方法と特性

漆器で欠かせない「漆」は、「ウルシ」と呼ばれる木から取れる樹液を加工して使っています。
1本のウルシの木から取れる樹液は、およそ200gといわれています。
およそ10〜20年かけてウルシの木が育つことを考えると、貴重な印象を持ちますね。
実は樹液そのものは「黒色」ではありません。
以下の加工をしていくと、私たちが普段イメージする漆の黒が出来上がります。
漆の加工プロセス
①荒味漆(あらみうるし)
ウルシの木から取れた樹液のままの状態。
②生漆(きうるし)
荒味漆をろ過したもの。ベージュ色の液体が特徴。
③透漆(すきうるし)
生漆を精製したもの。
精製時は主に以下の手法が使われる。
- なやし:生漆をかき混ぜて、漆の成分を均一にすること。
- くろめ:生漆を加熱しながら混ぜ、水分を蒸発させること。
透漆に鉄分や水酸化鉄を加えて精製を行うと、黒色の漆が出来上がります。
私たちが普段目にする美しい黒色は、多くの手間をかけて精製して生まれているのです。
ちなみに漆は黒色だけではありません。
透漆に顔料を混ぜると、赤や青などの色をつけた漆を作ることができます。
漆を扱う際は要注意!
美しい黒色とツヤを持つ漆ですが、取り扱いには要注意です。
その理由は、漆が持つアレルゲンの成分である「ウルシオール」が挙げられます。
ウルシオールが皮膚につくとアレルギー反応を起こし赤みやかぶれ、強いかゆみを引き起こします。
筆者の幼少期にも、友達がうっかりウルシの樹液を触ってしまいかぶれに悩まされたというエピソードがありました。
非常に痒そうな様子だったので、樹液を見ても素手で触らないように気をつけましょう。
万が一触れた場合はすぐに水と石鹸で洗い流します。
また、症状が出たら速やかに皮膚科の診察を受けることを勧めます。
また、ウルシオールは空気中にも気化して含まれます。
そのため漆器の歴史が深い石川県輪島地方では、訪れただけで症状が出たという言い伝えもあるほどです。
ウルシオールの効果
とはいえ、この「ウルシオール」は乾いてしまえばアレルギー反応を起こすことはありません。
それだけでなく、優れた抗菌効果と抗カビ性を持つとされます。
金沢工業大学の小川俊夫教授らはウルシオールの抗菌性・抗カビ性について研究し、高い効果を持つことを立証しました。
中には漆器と漆膜についた大腸菌が、24時間後に平均およそ1/1000に減少した結果も挙げられています。
参考文献:
「漆の抗菌性・抗カビ性」
金沢工業大学 小川 俊夫
うるしニュース11号 – 漆を科学する会
「再び、漆の抗菌性について」
金沢工業大学 小川 俊夫
うるしニュース12号 – 漆を科学する会
「漆膜の抗菌性に関する研究」
大出直高・小川俊夫・大澤敏
Polymer Preprints,Japan Vol.53,No.1
文献データベース – 漆を科学する会
日本の生活と歴史に深く関わった漆

日本各地で発見された出土品から、漆が古くから人々の暮らしに密接に関わってきたことが証明されています。
ここでは、日本の歴史と漆の関係性についてご紹介します。
①縄文時代:ウルシの木が日本列島に伝わる
ウルシの木は、もとはアジア大陸に自生していました。
縄文時代には日本に伝来し、櫛や耳飾りなどの装飾品に使われていました。
また、壊れた土器を補強するための接着剤や水漏れを防ぐための塗料としても活用されたようです。
これらの出土品は今からおよそ5,500〜7,000年前のものであることが研究結果から得られました。
ちなみに、日本最古のウルシの木は今から12,000年前のものとされています。
遥か昔の時代から漆が人々の生活に深く浸透していた事実に、当時の人々の卓越した知恵を感じずにはいられません。
②8世紀以降:漆を活用した「蒔絵」が誕生
漆器は日本だけでなく、東アジア地域でも作られていました。
しかし、唯一日本独自の漆を使った美術工芸品として人気を博したものがあります。
それは「蒔絵」(まきえ)です。
蒔絵とは

出典:東京富士美術館収蔵品データベース
漆を使った装飾方法です。
まず、器の表面へ筆を用いて漆で絵柄を描き出します。
次に、漆で描いた絵柄の上に金や銀といった金属の粉末を蒔きます。
漆が乾燥する前に粉末を蒔くことで、器の上にしっかりと定着させることができます。
蒔絵の具体的な起源は不明ですが、少なくとも8世紀以降には誕生したといわれています。
その後平安時代の貴族文化の発展とともに、蒔絵が盛んに作られるようになりました。
蒔絵の発展には、平安貴族の美意識が大きく関係しています。
当時、漆や金銀は高級品とされましたが、贅を凝らした蒔絵を使った調度品は平安貴族の心を鷲掴みにしました。
多額な費用がかかりながらも、蒔絵を使った美術品は調度品に留まらず、邸宅・寺院などの建築物にまで広がったといわれています。
③16世紀頃:漆器が西洋で人気を博す

大航海時代にヨーロッパへ渡った日本の漆器は、その美しさから多くの人々を魅了しました。
とりわけ日本で作られた漆器は、実用性と美しさから王侯貴族がコレクションをはじめます。
特に、以下の漆器が多くコレクションされています。
- タンス:
引き出しが多くつけられたもの - 櫃(ひつ):
蓋がついた大型の箱 - 家具:
テーブルなど - 食器:
コーヒーカップなど西洋の食器も輸出用として作られた
輸出用に作られた漆器は、オリエンタルで豪華な装飾が施されました。
装飾の手法には前述した蒔絵や、薄く切った貝殻で装飾を施す「螺鈿」(らでん)が採用されています。
筆者も知人から螺鈿細工の小物入れをプレゼントしてもらいましたが、その美しさは筆舌し難いです。
角度によってシャボン玉のように螺鈿の色が繊細に変わる様子は、いつまで見ていても飽きません。
「日本=漆器」を紐付けた逸話をご紹介

日本が生み出す漆器は、その美しさから古今東西多くの人々を魅了しました。
その人気ぶりは、「日本=漆器」とも言えるほどです。
ここでは、漆にまつわる逸話をご紹介しましょう。
「japan」「japanning」という英単語が誕生
「Japan」というと、国でいう「日本」を指します。
しかし、これを小文字で「japan」と書くと「漆」「漆器」という意味を持つようです。
その理由は16世紀に遡ります。
当時、他のアジア諸国からも漆器が輸入されていました。
その中でもとりわけ日本製の漆器は特に高く評価され、ヨーロッパで大人気となりました。
最高級の美しさを持つ日本製の漆器は、その産地からいつしか「japan」と呼ばれるようになりました。
17世紀に入ると、ヨーロッパに住んでいた貴族の財産目録に“japan” という単語が増えていきます。
また、漆塗りの技術そのものを「japanning」と類語で呼ぶこともあるようです。
一見「日本」という国を連想する「japan」は、この事情からいつしか「漆器」を指すようになりました。
つまり、現在の言葉でいうと「made in Japan.」に近いといえるでしょう。
現代ではあまり使われない「japan」と「japanning」
漆器や漆塗りを指す「japan」と「japanning」ですが、実は現代の英語圏ではあまり使われません。
代わりに日常的な英語では、「lacquer」や「lacquerware」と表現されることが一般的だといわれています。
また、日本文化に造形が深い方は「urushi」「urushiware」でも通じる場合があるようです。
陶器を表す「china」
ちなみに漆=japanと似た事例として、陶器を表す英単語は「china」を使用する場合もあります。
これは中国産の陶器が美しく、多くのヨーロッパの貴族から人気を博したことが由来です。
工芸品の産地がそのまま英単語になるのは、何だか興味深いですね。
マリーアントワネットが愛した漆器
日本で作られた漆器の愛好家は数多くいますが、その中でも「マリー・アントワネット母娘」が有名です。
フランス国王ルイ16世の王妃だったマリー・アントワネットは、居城であるベルサイユ宮殿に漆器のコレクションを展示していました。
彼女の漆器コレクションは、ヨーロッパ全土で質・量ともに目を見張るものだったと伝えられています。
また、マリー・アントワネットの母でオーストリアの女帝マリア・テレジアも熱心な漆器コレクターでした。
その熱の入れようは、「ダイヤモンドよりも漆器」と言わしめた逸話が残るほどです。
母であるマリア・テレジアが旅立った後は、およそ50点もの漆器が相続されアントワネットのコレクションに加わりました。
マリー・アントワネット母娘が集めた漆器コレクションは、現在も複数の美術館で観覧することができます。
「漆黒」の由来

混じり気のない白を表す「純白」と対で使われる「漆黒」。
ただの黒よりも見る人を深く吸い込む黒さを表す日本の色名です。
「漆黒の髪」というと、艶やかな美しい黒髪を連想しますね。
その名の由来は、感じの通り「漆」です。
鉄を含ませた「黒漆」を重ねることで、漆器独特の濡れたようなつややかな黒色が出ます。
どのような光も反射させない孤高さを感じつつ、玉のような美しい黒を表す色名にぴったりですね。
まとめ:
日本産の漆器は、古今東西多くの人々に愛されている

いかがだったでしょうか。
漆は日用品・工芸品ながら、時に宝石と並び立つほどの貴重品として愛されてきました。
現代でも私たちの生活に根ざしている「漆器」。
その優しい手触りや美しい黒の光沢はこの場では語りきれないほどの魅力を放ちます。
日本に来たら食卓の場で探したり、買い物の際に手にとっていただけますと幸いです。















