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義理人情はあっても歴史的事実は存在しない?「江戸しぐさ」について考察しよう

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「気配りのできる人になりたい。」
誰もが1度はそう思ったことがあるのではないでしょうか。

気配りができると、ビジネス・プライベートともに円滑な人間関係を築けます。

「でも、どこから気配りを学べば良いのか?」
「相手に気を遣わせてしまうと申し訳ない…。」
これも気配りについてよくある悩みでしょう。

そのような願いとお悩みを抱えた人々に向けて、かつて「江戸しぐさ」が勧められたことがありました。

粋な気配りが詰め込まれたマナーとして、学校教育で使用する道徳の教科書にも取り上げられていきます。

しかし、ある理由がきっかけで取り上げる機会が急速に失われていきました。

江戸しぐさに一体何があったのか。
今回はその謎について解説と考察をしていきましょう。

「江戸しぐさ」とは?

「江戸しぐさ」とは、江戸時代に使われていた気配りの所作です。
「相手への配慮や気配りをさりげなく行う」行動として、奨励された時期がありました。

中には公共広告機構(AC)のCMやポスターの題材として取り上げられたほどです。

代表的な江戸しぐさ

以下の振る舞いが江戸しぐさとして取り上げられました。

傘かしげ

雨の日に相手とすれ違う際に、自分の傘を相手と反対側に傾ける。
相手の傘とぶつかったり、水滴が相手にかかることを防ぐことが目的。

肩引き

混雑時、または道が狭いところで相手とすれ違う時に、自分の肩を引く。
「傘かしげ」同様、相手にぶつからないよう配慮する動作である。

うかつあやまり

相手に足を踏まれて謝罪された際に、自分も「注意が足りなかった」と相手に謝ること。

「うかつ」(迂闊)
「ぼんやりとして注意が足りなかった様子」を表す。

こぶし腰浮かせ

乗合船などで、後から来た人のために席をつめること。
「こぶし1つ分」腰を浮かせる動作から名付けられた。

「江戸しぐさ」は江戸時代には存在しなかった…?

実はこの「江戸しぐさ」ですが、江戸時代には存在していなかったことが指摘されています。

初回の出所は1980年代。
芝三光氏によって提唱され、後にNPO法人「江戸しぐさ」代表の越川禮子氏らが普及を始めました。

粋な心配りは江戸時代から由来がある」というエピソードは、美徳として多くのメディアに取り上げられました。
しかし、2014年頃になると、歴史的事実の有無があったかどうか。疑問の声が上がり始めます。

「江戸しぐさ」が当時存在しなかったと考えられた理由

江戸しぐさが江戸時代当時なかったという理由は、以下の理由が挙げられます。

① 学術的根拠が存在しない

本来であれば、何らかの歴史的な資料や伝承が残っているはずですが、江戸しぐさにはありません。
そのため、「江戸時代当時に、実際に存在していた」という根拠が薄いと指摘されたのです。

② 時代背景と実際の江戸しぐさが合致しない

先述した「こぶし腰浮かせ」は、江戸時代当時の船の形と照らし合わせると非現実な所作です。
どちらかというと、現代のバスや電車で使う気配りだといえるでしょう。

③ 都市伝説のような話まで浮上した?

中には「明治政府によって江戸っ子の多くが命を奪われた。」という主張まで出てきます。
歴史的な資料がないまま後世に伝えられたのは「わずかに生き延びた江戸っ子によって口頭で江戸しぐさが伝えられたから」ということでした。

フィクションとしての歴史を、あたかも事実と称して教育に取り入れる。

これらの考えから、書籍やニュース番組で江戸しぐさが批判されるようになりました。
その余波か、2025年現在も「江戸しぐさ」と検索すると「嘘」「炎上」というワードが追加の候補に出てきます。

「江戸」というネーミングはどこから来た?

「しぐさ」(仕草)は「ある物事を行う時の言動や振る舞い、態度」を表します。

では、学術的な根拠やないのにもかかわらず、「江戸」という言葉はどこから来たのでしょうか?
その答えは、提唱され始めた1980年代の社会情勢が影響しているのではないかと、筆者は考えます。

諸注意

ここから先の内容は筆者の考察となります。
あくまで一個人の私見をもとに解説する旨、ご了承いただきますようお願いいたします。

1980年代当時における日本の社会

1980年代の日本は、2020年代の現代に通づる社会へと変化が始まった時代でした。
一方で、以下の社会情勢の変化や問題が発生し始めます。

当時に起きた社会情勢の変化、問題

  • 校内暴力、いじめ、不登校の多発
  • 人気アイドル歌手の飛び降り自殺を端緒に、多くの10代が後を追って命を絶つ
  • 核家族(両親と子のみの家庭)の主流化
  • 離婚やひとり親家庭の増加
  • 家族が集まってもそれぞれが食事を取る「個食」や、1人きりで食事を取る「孤食」の発生
  • 「個々の価値観の多様化」に伴う、「地域への愛着・帰属意識の低下」
  • 長時間、深夜労働、不安定な雇用形態の常態化

上記の背景から、「世間から気配りが失われ、自分本位の人間が増えているのではないか」と懸念する声が出始めます。
特に深刻なのが幼少の子供達でした。

子供達と社会情勢の変化

従来の日本なら年長の子供達が年少の子供達の面倒を優しく見守って、手助けや配慮をしました。
さらに、時に地域社会の大人が手助けをしながら、「社会全体で子育てする」手法が当たり前だったのです。

子供達が悪いことをしたら、親だけでなく地域の大人が叱り、導くのも通例でした。
最たる例としては「江戸時代の寺子屋で、様々な年代の子供達が1つの教室に集い、皆で教えあう」といったところでしょう。

「寺子屋」についての詳しい解説はこちらをご覧ください。

しかし、1970年代から「高度経済成長を支えるための人材作り」の指導が、徐々に子供達を追い詰めていきます。

以下に代表的な例を見ていきましょう。

当時の子供達と社会情勢、生活

  • 幼少期から塾やおけいこに通うことは当たり前
  • 1点でも落とすことは許されない、徹底した偏差値教育
  • 上からの指示には反抗せず素直に従う即戦力が求められる
  • 子供にとっての幸せは「良い成績を取って人より優れた能力を持つこと」
  • 優秀な成績が取れなかったら「落ちこぼれ」扱い

後に「お受験戦争」「詰め込み教育」と揶揄されるこれらの手法は、当事者である子供達を苦しめていきます。

さらに、彼らの幸せを願ってやまない大人たちも、自身の仕事による忙殺や不安定な社会情勢とともに翻弄されていくのでした。

江戸時代は「義理人情」が浸透していた?

もちろん、気配りや義理人情そのものは「むしろ必要不可欠」だと人々は心のどこかで感じているでしょう。
その気持ちは当時も今も不変であると筆者は感じます。

しかし、人間はどうしても心に余裕がないと、自分本意になってしまいがちです。

そこで、かつて江戸時代に浸透していた「義理人情」と日本人の美しい心を取り戻そうと提唱されたのが、「江戸しぐさ」だったと考えます。

改めて、江戸時代当時の家庭・地域社会を見てみましょう。
先ほどお話した1980年代の社会情勢と比べながらご覧ください。

江戸時代当時の家庭・地域社会の様子

  • 庶民は「長屋」と呼ばれる集合住宅で暮らす。
  • お風呂が住まいにないので、近隣住民と共用の銭湯を利用していた。
  • 生活水は井戸を近隣住民で共有。
    井戸に集まった住民たちで情報交換・噂をする様子を「井戸端会議」と呼ばれるようになった。
  • ちなみに、井戸に毒を盛る行為はコミュニティに属する多くの人命を奪う極めて危険かつ悪質な犯罪とみなされた。
  • 食料品や調理器具の貸し借りなど、近隣住民の「助け合い」は当たり前の時代だった

他にも、江戸時代を背景にした時代劇では「義理人情」をテーマにした作品が多いです。
これらの理由から失われ始めた「義理人情」を、「江戸しぐさ」という比喩表現を通して残そうとしたのではないか。

そう筆者は考えます。

一応、当時も「江戸しぐさ」らしい言動はあった

江戸時代当時にも「江戸しぐさ」に近い言動がありました。
それは「冷え物御免」という声かけです。
銭湯で後から湯船に入る人が、先にいる人への気遣いの声かけとして使われました。

冷え物」というのは後から入る自分の身体を指します。
つまり、「自らの冷えた身体がお湯の温度を下げることに対する気遣い」を表すために、この声かけが生まれました。

当時の銭湯はお湯が一定の温度を保てず、かつ江戸っ子は熱い風呂が大好きだったと言われています。
これらの文化的背景から生まれた声かけ・気配りだったと考えられるでしょう。
ちなみに、この声かけの文献は当時の風俗・マナーを記した文献や落語の演目で確認できます。

まとめ:
歴史的事実はないけれど、「義理人情」の気持ちは大切にしたい。

このように、「江戸しぐさ」に歴史的事実が存在していたとは言い難いです。
そのため、「実際に江戸時代に存在していた伝統的なマナー」として、公の場で取り上げるのは不適当でしょう。

一方で、江戸しぐさの言葉にはあくまで「かつての義理人情を大切にしよう」というメッセージが込められているのではないか。
上記の考えから、あえて江戸しぐさを今回記事の題材として取り上げました。

気配りというと、何か特別なスキルを学ばないといけないとつい考えがちです。
しかし、気配りが失敗したとしても相手に対する「誠意」と「義理人情」があれば、良好な関係が築けるのではないでしょうか

どうしても慌ただしい現代社会だからこそ、相手への「義理人情」の思いは真摯に大切にしていきたいものです。

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