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なぜ世界中で大ヒット?鬼滅の刃から見る「日本文化」とは

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2016年から2020年にかけて週刊少年ジャンプで掲載された漫画「鬼滅の刃」。
2019年にアニメ化されると、国内外で社会現象レベルとなる大ヒットを博しました。

とりわけ2025年に放映された映画『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は、11月に世界興行収入が1000億円を突破しています。
これは日本映画初の快挙となりました。

今回はなぜ鬼滅の刃が日本だけでなく世界で受け入れられ大ヒットとなったのか。
その秘密を考察してみました。

鬼滅の刃についておさらい

改めて、鬼滅の刃の物語と登場人物、世界観についておさらいしていきましょう。

注意

この記事では、コミックス最終巻までの内容を含みます。
アニメ、映画では取り上げられていない結末まで記載しておりますので、閲覧の際はご注意願います。

あらすじ

時は大正時代。
主人公の竈門炭治郎は母と妹弟たちと炭売りをしながら仲良く暮らしていました。
しかし、ある日鬼に襲われ炭治郎以外の家族が命を奪われてしまいます。

唯一生き残った妹の禰󠄀豆子も鬼へと変わってしまう中、鬼殺隊の柱である冨岡義勇が禰󠄀豆子を退治しようとする中、炭治郎は命乞いをします。
冨岡はその姿に激昂するも、2人の命を守り鬼殺隊と自身の師匠の元へと導くのでした。

こうして炭治郎は妹を人間に戻すため、鬼殺隊の道へ足を踏み入れます。
炭治郎の「日本一慈しい鬼退治」が始まるのでした。

世界観

鬼滅の刃の主な舞台は大正時代です。
しかし、物語の舞台は平安時代から現代(2020年頃)までつながっているのも見逃せません。
ここでは主な時代の流れをご紹介しましょう。

時代の流れ

時代劇中での出来事
平安時代 (1)鬼の祖である鬼舞辻無惨が人間から鬼になる。
きっかけは自らの病を治すために善良な医師が与えた薬だった。
平安時代 (2)平安時代の同時期に、産屋敷家では夭逝する事態が立て続けに起こる。

陰陽師に見せたところ、血筋を同じくする鬼舞辻無惨がいることと、鬼を滅する使命があることが伝えらえた。
室町時代この時期には既に産屋敷家をトップとした鬼殺隊の原型となる組織が成立。
室町時代後期継国縁壱と巌勝の双子が誕生。
後に縁壱は鬼殺隊の戦い方である呼吸の開祖となり、巌勝は鬼(上弦の壱)となった。
戦国時代前後珠代が鬼になる。
彼女は後に無惨からの呪縛を逃れ、鬼殺隊側につく。
戦国時代 (1)継国縁壱と巌勝が鬼殺隊に加入。
縁壱は自らの知識をもとに呼吸での戦い方を生み出し、これが鬼殺隊の戦い方の主流となる。
戦国時代 (2)継国巌勝が鬼殺隊を裏切り鬼になる。
後に鬼のNo.2となる「上弦の壱」の座に就く。
この一件で縁壱は鬼殺隊から追放された。
戦国時代 (3)継国縁壱が無惨を退治寸前まで追い込む。
後に鬼となった巌勝(黒死牟)と対峙するも、命尽きる。
江戸時代妓夫太郎・堕姫兄妹(上弦の陸)と猗窩座(上弦の参)が鬼になる。
大正時代本編。
現代 (2020年頃)???
※漫画最終回で描写あり

このように、劇中で様々な時代を行き来し、当時の日本文化を垣間見ること。
さらに、不変の真理として人の思いや願いが受け継がれていくことが一貫して表現されています。

時代の変化」と「不変の願い」の対比が美しいのも、鬼滅の刃の魅力の1つだと言えるでしょう。

「日本一慈しい鬼退治」とは

鬼滅の刃のキャッチコピーに、以下の文があります。

これは、日本一慈しい鬼退治

「慈しい」は「やさしい」と読みますが、ここでは一般に使われる「優しい」という表記は使われていません。
あえて「慈しい」と書いたのは、「慈」の漢字の意味が影響していると考えられます。

「慈」と「優」の違い

どちらも「他者に対する思いやりの姿勢」を表します。
その上で、「慈」はより無償の愛で弱き者を包み込む点が特筆すべきポイントでしょう。

上記の意味を表す代表的な日本語として「慈悲」「慈愛」があります。
劇中例外はあれど、鬼になる登場人物は生前大きな苦しみを抱えていました。
炭治郎はそのような鬼に対しては、彼らの最期に慈悲の心を向けて見送っています。
特に選抜試験の「手鬼」や那田蜘蛛山の「母鬼」の滅殺は顕著な事例でしょう。

ただ力で敵をねじ伏せるのでなく、鬼になった悲しい背景がある相手には時に慈悲の心を向ける。
この「日本一慈しい鬼退治」を一貫していることが、鬼滅の刃の物語に深みを与えていると考えます。

鬼滅の刃から見る日本らしさ

鬼滅の刃では、古代から現代まで幅広く日本文化が含まれていると筆者は考えます。
ここでは、各要素に分けて「鬼滅の刃から見られる日本文化」を見ていきましょう。

登場人物が着用する「和柄」

主人公の炭治郎をはじめ、主要な登場人物は和柄をあしらった羽織や和服を着用しています。
鬼殺隊メンバーが羽織を着用して戦う姿は、江戸時代末期の新撰組の活躍と重なるのではないでしょうか。

和柄は日本で定着・発展した際に様々な願いが込められました。
ここではキャラクターの特性と照らし合わせながら解説・考察していきましょう。

市松模様 (竈門炭治郎、竈門家)

正方形が互い違いに組み合わさった模様を「市松模様」といいます。
色は違えど、妹の禰󠄀豆子や弟妹たち、両親も市松模様の衣服を着用しているのが特徴的ですね。

市松模様は切れ目なく続いていくことから、「永遠に繁栄する」願いを持ちます。
劇中では鬼殺隊と鬼舞辻無惨が「永遠の形」について対比で問われる描写が随所にありました。

また、前述の通り鬼滅の刃は平安時代から現代にかけて物語の舞台が前後に変遷していきます。
「永遠と繁栄」のモチーフを物語の主軸となる主人公一家に採用する。
この描写に大きな意味があると筆者は感じます。

麻の葉模様 (竈門禰󠄀豆子)

また、竈門家の中でも禰󠄀豆子だけが「麻の葉模様」の着物を着用しているのが目を惹きます。
麻の葉と六角形が幾何学的に組み合わされた模様を「麻の葉模様」です。
この模様は「成長」と「厄除け」の意味が込められているといわれています。

鬼となった当初は眠るだけの禰󠄀豆子が、話が進むごとに炭治郎とともに戦い、会話できるようになる様子は「成長」と重なるのではないでしょうか。

さらに、劇中禰󠄀豆子は人を食わず、鬼としては致命傷になる太陽の光を克服しました。
この特徴から鬼舞辻無惨に狙われることになるため、「無惨たちを退ける=厄除け」という点もつながるでしょう。

毘沙門亀甲 (冨岡義勇)

義勇の羽織は劇中彼の大切な人である姉・蔦子と友人・錆兎から受け継がれた半々羽織であることが発覚します。
今回は模様がある「毘沙門亀甲」について着目して解説しましょう。

「毘沙門亀甲」は亀の甲羅のような六角形模様「亀甲」を、上1つ下2つで組み合わせた模様です。
亀甲は亀をモチーフにしていることから、「健康長寿」にご利益があると言われています。
仏教の神様の1人である「毘沙門天」の甲冑にこの模様が採用されたことから、この名がつけられました。

毘沙門天のご利益はいくつかありますが、その中でも武神として必勝を願う勝負運と、大願成就が目を惹きます。
錆兎から託された「悪鬼滅殺」の願いと「姉の分まで長く生きる」誓いが、最後まで義勇とともにいてくれたと感じると目頭が熱くなりますね。

ちなみに、厳密に義勇が着用している羽織は「毘沙門亀甲」そのものではありません。
しかし、モダンな雰囲気に再編された模様は大正ロマンと重なるところがありますね。

鱗文様 (我妻善逸)

鱗文様」は三角形を連続させて並べた模様です。
先ほどお話した市松模様の正方形を三角形に変えたものだとイメージするとわかりやすいでしょう。

三角形は正三角形または二等辺三角形の二種類が採用されます。
三角形が連続して並んだ模様は蛇や龍の鱗に似ていることから、この名がつけられました。
龍は雷神と絡むため、雷の呼吸を扱う善逸と重なりますね。

また、鱗文様は弥生時代から魔除けとして、死者の埋葬品に採用された柄だと言われています。
これは兄弟子である獪岳との一騎打ち後のシーンと重なります。

善逸は獪岳との死闘の後、死の淵を彷徨い三途の川まで向かいます。
しかし、師匠であり親代わりである「じいちゃん」の言葉に引き留められ、現世へ戻りました。
「じいちゃん」も善逸と同じ鱗文様の着物を着用しているため、彼とのやり取りで善逸が命を救われたと考えると心が震えます。

ちなみに劇中では義勇と同様、現実の鱗文様とアレンジされています。
善逸の場合は友人として並ぶ炭治郎と区別するために、あえて間隔を空けてアレンジしたのではないかと筆者は考えます。

登場する小物から考察する日本文化

上述の羽織以外でも、日本文化を表す小物や技が劇中で多く出てきます。
ここでは筆者が独自に選出・考察したものをご紹介します。

日輪刀

鬼殺隊が使用する武器。
多くは日本刀に似た形をしていますが、製法や素材は劇中独自です。

ちなみに「日輪」は太陽の別名です。
鬼を滅する武器であること、また太陽が弱点である点と重なりますね。

炭治郎の耳飾り

炭治郎の耳飾りは「花札」がモチーフと考えられます。
太陽が地上から昇る様子を表しているが、現実の花札には太陽を模した札は存在していません。
一番絵柄が近いのが「芒に月」でした。

おそらく本作オリジナルの図表だと推測されますが、太陽(日)のモチーフは劇中でも多く採用されているのも興味深いポイントです。

蝶の髪飾り、羽織

胡蝶姉妹や蝶屋敷のスタッフが着用している蝶のモチーフ。
可憐な造形が印象的ですが、は古くから「死と再生」の意匠と考えられました。
これは蝶が幼虫から蛹、成虫(蝶)へ変容する姿からイメージされていると思われます。

つまり、「肉体が死で滅びても、個人の思いが受け継がれていくことで再生される」というメッセージが込められていると推測します。

劇中長姉のカナエはある願いを心に持ち、命が散った後は妹のしのぶやカナヲに受け継がれました。
最終回で彼女の願いがどのような形に行き着いたかは、ぜひ本編でお確かめください。

刀鍛冶の里

刀鍛冶の里編では里山の風景や村社会、職人技など日本文化がふんだんに盛り込まれています。

また、刀鍛冶の登場人物は皆「ひょっとこ」をモチーフにしたお面をつけているのが印象的です。
「ひょっとこ」は「火男」と呼ばれる火の番から転じて、家内安全や商売繁盛を願う縁起物を指します。

刀鍛冶も火を使って日輪刀を作り出すことから、「家内(ここでは家族同然の関係である鬼殺隊のこと)の無事を願う」点と重ねられますね。

鱗滝左近次

炭治郎と義勇を鬼殺隊士へと育て上げた彼は、天狗のお面をつけています。
天狗は山奥に住まう赤い顔と高い鼻を持った妖怪です。神通力を使って自由に空を飛ぶことができると言われています。

当初は妖怪として恐れられていたが、火災が多かった江戸時代には「防火の神様」として神格化されました。
本作で鱗滝は水の呼吸の使い手を育てているが、これは「水→(火災の)火を消す」こととかけていると考察します。
また、炭治郎らが修行したのは山奥であることから、天狗の住まいと一致しますね。

狐のお面

前述の鱗滝に育てられた炭治郎たちは、選抜試験時に狐のお面をつけて臨みました。

人を化かすイメージがあるが、稲荷神の使いとしての役割を持ちます。
稲荷神は商売繁盛、厄除け、所願成就などのご利益を持つことから、選抜試験から無事戻れるよう「厄除け」と、隊士になる「所願成就(選抜試験突破)」の願いが込められていると考えられます。

また、日本書紀で「天狗」は「あまつきつね(=天の狐)」と書かれ、さらに平安時代には「天狗は狐のように人を化かす存在」と捉えられました。
師匠である鱗滝が着用している天狗と狐とキャラクターを重ねている可能性も考えらえるでしょう。

藤の花

劇中では、藤は太陽と同様鬼にとっては弱点とされた。
そのため、「魔除け」として選抜試験の会場に多く植えられています。
また、産屋敷家の子供達の髪飾りや鬼殺隊をサポートする「藤の花の家紋の家」にも、藤の意匠が採用されました。

そして、鬼殺隊の柱である胡蝶しのぶは藤から取れた毒を使いながら鬼と戦います。

このように劇中で太陽同様に多く出ている「」は、その読みから「不死」を連想させました。
そのため、藤は延命長寿家運・子孫繁栄に縁起が良いとされています。

鬼殺隊を率いる産屋敷家では「肉体が滅びても思いを継いでいくこと」、敵対する鬼の祖鬼舞辻無惨は「自分一人が死なずに永遠に生きること」を不死と定義しました。
この不死に対する考え方の違いが藤と重なるのも、本作の見どころです。

鬼滅の刃と「武士道」

鬼滅の刃は、日本刀に似た「日輪刀」を振るって鬼と戦う姿が武士と重なります。
武士といえば「武士道」が欠かせませんが、劇中では「武士道」を示唆するような表現が散見されます。
特に、炭治郎が所属する「鬼殺隊」と鬼舞辻無惨が率いる鬼の集団との対比が顕著でしょう。

ここでは鬼滅の刃から見られる「武士道」について考察していきます。

①「義」「勇」

正しいことを正しく行う正義と、それを遂行するための行動力を表す「義」と「勇」
これは鬼殺隊の戦い方で顕著に見られるのではないでしょうか。

また、柱の1人であり炭治郎と深い関わりのあるキャラクター「冨岡義勇」の名も注目すべきポイントでしょう。
彼の名には七徳の「義」と「勇」が含まれています。

当初は鬼殺隊の「大義名分」のもと、禰󠄀豆子を滅殺しようとした

義勇は過去に姉と友人である錆兎を鬼に殺された過去を持ちながらも、冒頭鬼になった禰󠄀豆子を滅殺しようと動きました。
さらに、妹の助命を願い出た炭治郎にも激昂する様子も見せます。

これ以上鬼の犠牲者を出さないように心を鬼にする冒頭の義勇は、迫力を感じた読者・視聴者も多かったのではないでしょうか。

鬼殺隊の大義に反してまで、鬼の禰󠄀豆子を見逃した理由

そして、炭治郎と禰󠄀豆子を見逃した義勇は他の柱から「なぜ鬼である禰󠄀豆子を滅殺しなかったのか」と詰められます。
その理由は「禰󠄀豆子が人を食べない鬼である」ことを義勇は見抜いたからです。

上述の炭治郎の助命懇願に豪を煮やした義勇は、炭治郎を気絶させます。
しかし、直後禰󠄀豆子が兄である炭治郎をかばい、義勇から守ろうと立ちはだかります。

従来の鬼とは異なり、また目撃者が義勇のみであるため信じがたい話です。
だからこそ義勇は兄妹の絆を信じ、彼が信じる「正しい正義」を貫いたとも考えられるでしょう。

そして、「万が一禰󠄀豆子が人を食べたら、自分が切腹して詫びる」覚悟を鬼殺隊トップである御館様の前で示したのでした。

②「仁」

人に対する思いやりを表す七徳ですが、これは劇中で一貫される「大切な人への思いやり」の表現で示されています。

先ほどお伝えした「慈悲」「慈愛」と「日本一慈しい鬼退治」が顕著でしょう。

また、鬼殺隊の隊員同士やトップである御館様との関係は慈しみにあふれています。
血のつながりはなくてもそれぞれが家族同然に思いやりを向けながら守り合う様子は「仁」の姿勢が滲み出ているでしょう。

③「忠義」

主君への絶対的な忠誠心を表す「忠義」ですが、これは鬼殺隊と鬼側それぞれで対比が顕著な七徳です。それぞれの陣営に分けて解説していきましょう。

(1) 鬼殺隊サイド

鬼殺隊の主君は「御館様」と呼ばれ、代々産屋敷家の長男が担います。
劇中では産屋敷耀哉と、彼の息子である輝利哉の2名が出てきました。

鬼殺隊の隊士は御館様を強く慕っているのが特徴です。
御館様の危機には柱を中心とした隊員が全力疾走で駆けつけるなど、その慕われ具合は劇中で顕著に示されています。

ここまで御館様が慕われる理由は、御館様が部下である隊士を家族同然に慈しんでいるからです。
亡くなった隊士の名前を誰一人忘れず覚えていたり、傷ついた隊士に寄り添う姿が顕著です。

さらに、劇中柱の最年長である悲鳴嶼行冥が打ちひしがれていた際「自分が最も欲しかった言葉を(御館様が)かけてくれた」と回想していました。
慈しみを向ける御館様の姿勢があってこそ、鬼殺隊の揺るがぬ「忠義」があると筆者は考えます。

(2) 鬼サイド

一方、鬼舞辻無惨をトップとする鬼の集団は鬼殺隊と異なる忠義を見せます。
それは「恐怖をもって無理やり無惨へ従わせる忠義」です。
劇中で無惨が実行した恐怖政治を見てみましょう。

  • 鬼の部下は無惨の私利私欲のために動く手駒と捉える
  • 自分の思い通りに動かない部下を恫喝する
  • 部下の弁明を聞かず、場合によっては自分の都合の良いように捻じ曲げて解釈する
  • 結果を出さない部下は全員命を奪う

特に劇中一方的に有力な力を持つ部下を次々と惨殺するシーンは、日本のインターネットで「パワハラ会議」と揶揄されました。

※パワハラ:パワーハラスメントの略
地位や人間関係をもとにしたコミュニティの優位性を悪用して、相手に対して身体的・精神的な苦痛を与えること。
日本では主に職場で問題視されている言動である。

そのため、一見部下である鬼は主君である無惨のために仕えている構図ではありますが、実態は本来の「忠義」とは大きく逸脱していました。

前述の鬼殺隊の「忠義」の厚さと比較すると、その差は歴然といえるでしょう。

まとめ:
鬼滅の刃から見られる日本文化と武士道は、とても奥深い

鬼滅の刃はアナログで描かれた繊細なタッチの絵柄や、惹き込まれる美しい映像・音響技術も見どころです。

また、「自らを喪っても、思いを託すことで生き続けること」「大切な人や傷ついた人を思いやる慈悲の心」も多くの人の胸を打ちました。
これらの点は鬼滅の刃が大ヒットにつながった最大の所以ではないでしょうか。

そして、海外の人々の心を掴んだのは日本が長きに培ったアニメーション技術に加えて、随所に散りばめた「日本文化」も影響していると筆者は考えます。

鬼滅の刃をご覧になる際は、本記事を日本文化について理解する手助けへとご活用いただけると嬉しいです。

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己を知り、人生に覚悟を。
『武士道というは死ぬことと見つけたり』
江戸時代の書物「葉隠」に記された、有名な一説。
ただ生き長らえて命を全うするのではなく、
主君のために死ぬことさえも覚悟せねばならない、武士としての精神、人生の道を説いている。

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