古都 KOTO Gift for your loved ones
古都は、日本の伝統文化の奥深い世界を
お届けするメディアサイトです。
職人たちが受け継いできた技術の物語、
現代に息づく文化の魅力、
そして時代を超えて愛され続ける美意識を
様々な角度からご紹介しています。

記事を読む

重要なお知らせ

人気の刀剣は展覧会も開催!?日本刀の歴史と魅力を覗いてみよう

  • home
  • story
  • 人気の刀剣は展覧会も開催!?日本刀の歴史と魅力を覗いてみよう

戦国時代以降、武士や侍が腰に持ち、農民などそれ以外の身分の人が持つことができないアイテムがありました。
それは「刀剣」(日本刀)です。

武芸を主な生業にしている武士や侍が持っている刀剣ですが、どのような歴史や魅力を持っているのでしょうか?
この記事では、刀剣の謎に迫っていきたいと思います。

日本における刀剣の歴史

刀剣そのものは武器として、世界中で古来から使われてきました。

日本ではどのように独自の発展を遂げたのか。歴史をみていきましょう。

日本刀のはじまり

日本で刀剣が作られるようになったのは3世紀後半(古墳時代)にさかのぼります。
その頃は大王(おおきみ)と呼ばれる首長がトップに立つ「ヤマト政権」が政治の実権を握っていました。

かつて日本では中国大陸や朝鮮半島から様々な文化や製造技術を学びました。
その中に鉄器や製鉄技術も含まれています。

当時は「直刀」と呼ばれる刀身がまっすぐな形で作られ、祭祀用の道具権力者の副葬品として使われていたようです。
そのため、現代に知られるような形と戦闘で使用する目的ではないという違いがあります。
製鉄技術や刀剣自体が高価な宝物だったと考えると、違いがわかりやすいのではないでしょうか。

現代で知られる形になり始める

平安時代に入ると、「湾刀」と呼ばれる刀身が反った形の刀剣が作られ始めます。
この形は現代私たちがイメージする日本刀に近いでしょう。

平安時代は武士の働き方や、後に政治の実権を握る源氏・平氏が生まれた時代です。
この頃から武士と共に日本刀も原型が確立したと考えると面白いですよね。

なお、現存する最古の日本刀の一つとされる「小烏丸」は、同時期に製作されたと考えられています。

なぜ日本刀は「湾刀」が確立したのか

平安時代から武士の戦い方が変わり始めました。
それにより直刀から湾刀の方が扱いがしやすくなったと言われています。

そこで、以下の表を使って戦い方や刀剣の扱いの違いについて確認していきましょう。

topic直刀湾刀
使用された時代古墳時代〜平安時代平安時代以降
当時の戦い方歩兵による接近戦馬に乗って戦う騎馬戦
刀剣の使い方相手に突き刺す斬撃を目的とする

湾刀だと馬上から素早く抜剣し、敵に振り下ろすスピードを早められます。
さらに、刀身が反っているので防御や流れるような動きを実現できました。

平安時代後期には、湾刀の中でも特に反りが大きく長大である「太刀」(たち)が主流となりました。

太刀から「打刀」へ

室町時代中期になると、再度歩兵や個人戦が増えていきます。
そこで、これらの戦い方に特化した「打刀」(うちがたな)が主流となりました。

打刀は太刀に比べると反りがやや浅く直線気味になるのが特徴です。
刃長は約2尺(約60cm)あり、刃を上にして腰に差して帯刀していました。

帯刀 (たいとう):日本刀を持ち歩くこと
ちなみに太刀は刃を下にして、腰から紐に吊るして帯刀していたようです。

戦い方の用途に合わせて持ち歩き方を変える点も、注目すべきポイントといえるでしょう。

「刀狩」で刀剣が持てなくなった!?

戦国時代後半に、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が天下統一に向けて大きく実権を握り始めました。
関白となった秀吉は全国の農民や町民、僧侶に対して「刀狩」(かたながり)の令を出します。

関白(かんぱく):天皇に代わり政治を運用すること

刀狩は武士以外の身分から刀や槍などの武器を没収し、治安を安定させる目的がありました。
一方で、秀吉自身の地位を安定させたいという意図があったとも言われています。

秀吉は農民の身分から成り上がり、実権を握った背景があります。
そのため、身分の違いを強固にしたいという意図があったと考えられるでしょう。
この刀狩によって武士のみ帯刀が許され、刀を武士の「魂」と考える思想が確立します。

「大小二本差し」と「廃刀令」による終焉

江戸時代に入ると、「打刀」に加えて「脇差」(わきざし、わきさし)と呼ばれる刃長30cm〜60cmの刀剣を帯刀することを義務付けられます。
この帯刀方法を「大小二本差し」と呼びます。

脇差は万が一打刀が使えなくなった時の予備だったようです。
しかし、大小一組の日本刀を持つことが武士としての誇りでした。
なお、脇差は武家諸法度により町人などにも所持が認められていたため、広く普及したと言われています。

その後明治時代により武士の世が終わると、「廃刀令」(はいとうれい)が下され帯刀が禁止されました。
「二度目の刀狩」とも言い換えられる廃刀令は多くの武士から反対されましたが、新政府により推し進められます。
これにより武器としての、そして武士の魂としての「日本刀」は役目を終えました。

しかし、現代では「工芸品」「文化財」として、歴史を読み解く貴重な資料となりました。
武器としてではなくとも、日本刀はこれからも新たな役目を果たしていくのです。

現代日本では一般家庭でも日本刀の所持は可能ですが、所定の届出が必要です。
届出がないまま所持すると銃刀法違反となりますので、購入と一緒に必ず手続きをするようお願いいたします。

武士と日本刀の魅力

武士は日本刀で戦うイメージですが、実は主力の武器でなかったのはご存知でしょうか?

幕末期(江戸時代末期)までは槍や弓矢、鉄砲が主力だったと言われています。
「武士=日本刀での戦い」が定着したのは幕末期です。
この時期は「新撰組」や「西郷隆盛」など、歴史で人気のある人物や団体が活躍した時期と重なります。

彼らの活躍やそれを題材にした物語が世に浸透したことで、武士と日本刀の関係性が広く結びつくようになったといえるでしょう。

「剣豪」「剣客」の活躍

剣豪は世に広く知られるレベルの達人です。
剣客は剣豪より名は知られていないものの、剣術の腕前がある人を指します。

宮本武蔵(みやもとむさし)や佐々木小次郎(ささきこじろう)などが代表的な剣豪です。
彼らは歴史小説の題材となっていることから、より日本刀の魅力を引き出していると考えられるでしょう。

漫画・アニメでは「るろうに剣心」の主人公「緋村剣心」が劇中で剣客だと言われています。

「刀剣乱舞」の台頭

2015年に「刀剣乱舞」(とうけんらんぶ)がwebブラウザゲームとしてリリースされました。
同年にはミュージカルが上演されています。

歴史上の刀剣・日本刀を擬人化したことが特徴ですが、若い女性を中心に多くの人気を博しました。
それにより翌2016年にはスマートフォンアプリ、テレビアニメによるメディアミックスが展開されています。

刀剣乱舞により実物の刀剣・日本刀にも注目が集まり、近年では刀剣を題材にした展覧会が開催されるようになりました。

人気の刀剣が展示されると多くの人々が集まり、その様子は時折ニュースでも放映されています。

まとめ:
役目を変えてなお注目される日本刀

日本刀はかつて武器として使われ、その後現代では歴史を知る貴重な工芸品・文化財となりました。
役割を変えてもなお人々の心を魅了するのは、武士の魅力がつまっているのも影響しているからでしょう。

日本刀は作った職人によっても特徴や魅力が異なります。
その点は後日また改めて記事にしていきたいと思います。

SHARE

( BACK TO ALL )

( waza )

( KEYWORDS )